意外や意外、期待を超えた「招き猫美術館」ってご存じか?

いつも正月3日にお札返しで岡山総社の最上稲荷へ行くのだが、今年は長男が仕事の都合で忙しく2日にはもう戻るとかで、急きょ出かけた。7時半につきながら2日は参拝客が多く、参道の車列の長さに改めて驚く。

また変化がほしいことしながら、恒例の手順とお札購入と参拝でそそくさと出た。手前が経営不調でやっかむのではないが、あの人工的なたたずまい=年々鉄骨やコンクリートで社殿を作る・・・のはいかがなものかと。日本三大稲荷と自称して、それはそれで良いのだが、あまりに風情になさにがっくり来る。

 

 

●さても安直に、年賀休館なしで選んだが、思わぬ拾い神?!

 

長男を岡山駅から送る都合もあり、また調べると定石の城巡りや美術館も4日からでないと開館しないところばかり。やむなく何気に「招き猫美術館」へ。年賀無休と古刹で知られる「金山寺」すぐということで。

まさか人が・・・モノ好きくらいかと思いきや、着くと駐車場は混みあい始めている。民家を改造した2つの建物からなる個人的な美術館というよりも展示施設というか。

 

 

 

●施設は二つ、イメージは見ての通り。中は招き猫のオンパレード!!

 

招き猫は彦根藩成立時が発祥とも言われるが、館内の図表にはいろいろ全国の招き猫由来が示されている。ただここほど充実はしていないのでは?という収集数であり、美術館と名乗るアート性も兼ね備えている。毎年”招き猫をテーマにした絵ハガキコンクール」もされているし、収集品の棚展示の合間に、いろいろな作家による造形や絵画が展示されている。

 

ただマニアックさは強く、カルト的=おみくじや絵馬飾りなど、リピート感は漂う。然し正月休みに多くの女性が家族連れ等で訪ねて、カフェで団らんしたり、グッズをいろいろ買われている様子はほほえましい。

元々は金山寺の境内にあったそうだが、お寺が火災事故を起こし、その関係で現在地へ。災い転じて〇〇を成す、ではないが、結果はオーライだと感じた次第。

 

何年ぶりかの鳥取!!雨模様で残念。

●鳥取への「かに足食べ放題バスツア」に参加して。

 

さる祝日の日、ある後援会の主催の例年恒例行事ながら、私は3度目、前回と2年あいていたが久しぶりの参加に。主催の県議に今後とも地方再生や県政の情報をいただくこと=私利ではなく、アドバイザーをしている町の施策作りのヒントに・・・で、毎度ながら大型バスは満員3台を連ねての日帰りツアーだ。実は当日朝までどことも知らずに参加。てっきり以前のような丹後や但馬と思っていたら鳥取ということで、ずいぶん懐かしい。

 

 

 

●1回目の休憩は福崎インターを降りた道の駅「もち麦の館と民族文化の公園」。

 

すぐ近くまで仕事で来ているのに寄れていないが、民俗学で有名な柳田国男にちなんだ小公園がある休憩所へ。出迎えは民族学に不可欠???な妖怪「河童の池」。河童伝説は全国至る所にあるが、ここはなかなかの徹底ぶり。小公園と池、銅像しかり、分かりにくいだろうが、奥に歴史館があり、そこに向かっていくと木小屋があるが、この小屋の扉があくと河童がレールに吊れてお出ましになる。からくり時計代わりだが、笑ってしまうが子供達には人気。

 

大半のシニアのお目当ては、小公園奥の「もち麦の館」での試食と買い物だ。当日もわんこそば程度の器に、無料で「もち麦そば」が用意されていて、人、人でごった返すほどの人気。香川県人としてどうですか?と問われたが、文句なくおいしい!!この地の特産らしいが、名前通りにモチモチとした食感。また麺は確かにそばにしては太いが、違和感なくおいしくのど越しもよい。・・・鳥取が中心なのに、途中の話???でも改めてじっくり伺いたい福崎エリアだ。

 

 

 

 

 

 

●かに足の食べ放題の後は「賀露港」の水産物センターへ。

 

話が飛び過ぎですが鳥取に入ると雨が激しく、かに足食べ放題に集中せざるを得ず、どこにも行けない状態。唯一立ち寄ったのが、賀露(かろ)港界隈。「かにっこ館」というかにをテーマにしたミニ水族館が人気で、この日も親子ずれがわんさかで館内がにぎわう。ツーリストの”初セリで130万円の松葉カニ”がいます、という事前レクチャーもあって向かうと、確かに水槽前は人だかり。ドバイの超高級ホテルに卸す”初セリ西瓜が250万円”とか、鳥取の特産品は話題性十分。

 

賀露港は日帰りや海産物目当ての方たちの観光名所になっているようで、新興住宅が周辺に林立し、そうした整備も含めてなかなか人口減の鳥取に思えないようなパワーを感じた。漁業も人不足・高齢化?、名産ラッキョウ生産も人不足?ではないかと心配が吹き飛ぶ感じだ。今日のような賑わいがあるうちに、対策していただきたいものだ。「スタバより砂場!」の迷キャッチフレーズではないが、福祉支援施策では県民一人当たりでは、日本一手厚いのが鳥取県。地道な努力をされているだけに、これからの活力づくりも頑張っていただきたい。

 

 

 

●砂丘前の大食堂での「かに足食べ放題」って???

 

県議後援会の主催で毎年好評な行事。久しぶりに参加してみて会場へ着くなりいきなり食べ始める=約160名が会場を貸し切り・・・・・壮観であるし、逆に食べに来ただけ??との地元の方の懸念も感じそうな雰囲気に驚く。参加者は95%がシニア世代。

また失礼を言えば食べ放題だけに、地場産のカニというよりも輸入冷凍物。割り切っての食べ放題は、兵庫県一仕事熱心な県議の後援会としては微妙なトーンだ・・・。救いはこうした楽しみのできていることへの感謝や、元気をためていていざとなったら、困ってる人や弱者を応援しようという心根もある点だ。さすが大震災被災の街:神戸の人たちである。

 

しかしながら砂丘前の各店舗はもう少し洗練された開発ができないものかと。15年以上前の社員旅行時と変わらないのは、若い層やファミリー層、またインバウンド層にどうも背を向けていないかと??・・・もう少し小洒落た空間の提供が必要だと思う。・・・スタバ国内最後の出店都市として鳥取市が話題になったが、ああした外資系企業の醸す雰囲気が望まれている点は強く意識していただきたいなぁと。神戸の須磨海岸当たりの浜辺沿いのある小さなレストランやカフェも、不景気が続いたため閉鎖店が多く、人気店舗はスタバだったりマクドで他人事でもないが。安普請でも工夫次第=スマートにリフォームしていただきたいものだ。観光見学もないまま変なレポートで恐縮だ。合掌

 

さりげない銘品を求めて?!

●神戸発のブランドをいろいろ見に行って!

仕事柄ながら多領域になり、情報が追いついていないと猛省している。今回はある事案で久しぶりにKOBEブランドを見に行くことに。あちこちの店舗を何年ぶりかにウインドーショッピング。この年では娘がいて同伴してでもないときついわなぁと愚痴りながら。

 

 

(1)ハーバーランドのモザイクへ。

20年前以上だが、あるコンサル会社の勉強会に参加。モザイクができたばかりで香川の会社もここへ出店できる会社にならねばなぁと憧れたものだ。一度、さぬき麺業さんが出店していたが違和感があった。

今日は「神戸百貨店」なる店舗が目的。2店舗あり菓子中心のお土産店と真向いの”KOBEブランド”としての雑貨・装飾品の店舗である。モザイク入口の導線上の2階。観覧車や信号等が目前にせまり、東手にはオリエンタルホテルはじめハーバーランドの良さや六甲の山なみが満喫できる絶好のポイント。

 

それぞれのKOBEブランドはさすがに充実していて、売れる売れない?は別として平日にじっくりを散策してくれれば成功かなという雰囲気である。土曜・日曜は若い人が飲食中心や小物中心になるので客単価は低いし、ちょっと無理筋かも。また地元の人も多いようでインバウンドか遠方の人でないと手が出ないだろうなぁと。

★帰りは鳴り物入り=阪急が撤退した後のイオン系「UMIE」を抜けていく。かなりの大型店の上、さすがクリスマスの週末、賑わいは半端ではないが単身赴任の小父さんには縁遠いなぁと。

 

 

 

 

 

(2)異人館通りに近い北野工房へ。

全国に先駆けての旧小学校校舎を、手作り&カルチャー工房として、また神戸らしい地場産品のアンテナショップとして再開発。一時期は大型バスが引きも切らない繁盛スポットだった。今や少し落ち着いて親子ずれのカルチャー教室感が漂い、これもまた変に観光地になるよりも好ましいかと。店舗の撮影が気が引け=人が多く、プライバシーにもかかわり・・・写真はないが”マッチ店(=神戸が発祥地)”、”線香店(=淡路が最大の産地)”など、存在感がうれしい。2階から1階への階段踊り場で”似顔絵コーナー”が。

地元の通信教育高校で「似顔絵」を授業に、今の生徒は技術不足だが”似顔絵”の魅力は伝えたかった。高等教育や美術教育など受けなくても、純粋に勉強や努力でうまくなるからだ。

 

親子・女性であふれた雰囲気が場違いでそそくさと去った次第。TOAロードを下るとすぐコンペで何度かチャレンジしたNHK神戸さん、上海中医薬大学日本校があったTOAロードホテルさん、元UCCの社員さんと何度か行った樽加屋さん・・などを横目に元町まで。これらもすべて星電社さんの関連コンサルタント会社の名残りだったなぁと。

 

 

 

 

 

(3)神戸別品博覧会が出来ていた!!

開店時は試みとしても施設イメージとしても、とてもよいことだったが閉店を迎えた「ワールドさん運営のメンズ館」。何気に歩いていると「神戸ブランドのコンセプトショップ」に。仮設的だが、その名も「神戸別品博覧会」として、地場企業や優良店の新ジャンル商品的なアンテナショップに変貌。オープンがこの10月だったとは・・・いかに日頃、街歩きすらできていないかの証左。

 

総合プロデューサーはグラフの「北川一成」氏、地場商材のブランド化では定評である。ただ妬ましく思われたらいやだが、参加企業にもお抱えデザイナーがいるだろうし、より強くブランドを主張するなら来場者に人気投票してもらえるくらいに、百花繚乱のコンセプチュアルな空間にすればと思わぬでもない。また県下一円から小企業も誘い、浅草の「まるごとNIPPON」的な方が、効果は大きいとは思うが。北川カラーが出過ぎてどうなの??今の成熟した上に変化も激しい時に、東京でも激化する様々なブランド戦略や幅広い競争の波に、いちデザイナープロデュースで何年もつのかなぁと心配もする。

 

 

 

●最後は献血で締めくくり!!

歩き疲れながら遅めの昼食。少し脂っこいが炭水化物抑制と食事量の減量で、無理なく体重を6キロほど落とせているので、改めて健康判断として献血へ。半年に1回が目標だが、やはり年1回程度。血圧も組成もまずまず健康体で不安材料はなく、しかもこの年齢なら若い方だそうだ。そういやぁ妙に丁寧な対応だと思ったら、私より年齢が上の人はいなかった・・・そうか還暦過ぎての献血は健康な血液ではないのかもしれないなぁと・・・これからは担当者に聞いてからしようと、さびしく思った次第。

 

 

 

なかなかですよ!!苗木城、城巡りのライトなマニアも急増中。

 

 

●陣屋大名の中で唯一の城持ち大名として!

恵那郡近隣の戦国末期は遠山氏が生き残った。鎌倉期から土豪としての遠山一族が治めてきたが、戦乱の世では攻められたり取り戻したりと変遷はあった。関が原の戦いでの東軍側として、この地での西軍一掃の功により、家康から寺領安どとされ、1万石の小さな藩ながら、普通は陣屋大名となるところを、全国で唯一の城持ち大名として明治まで生き残った。※藩祖は「遠山友政」で、本城は霞ケ城とも赤壁城とも呼ばれる。

 

 

 

 

 

●”もののけ姫のタタラ場のイメージ”か?!

戦国期の山城の面影をしっかり残した砦風の山城である。峻険な山間を生かし、また自然の大岩をそのまま利用した大胆な塀、櫓の構え方は独特の縄張りである。現在は石垣と本丸天守跡の懸崖基礎だけではあるが、迫力十分である。特にCG再現図や模型もしっかりと用意されて、往時を十分にうかがえる点は、この地の人の熱意や矜持を感じる。

また”赤壁城”の由来は、予算がなく、多聞櫓や塀に漆喰処理ができずに、土壁のままという姿から呼称されたようである。今年のNHK大河ドラマ「真田丸」のオープニング映像=備中松山城の多聞塀を漆喰(白)ではなく土壁的に加工処理しているのを拝見された方も多いかと。ああいう塩梅なのだ。

 

 

 

 

 

●当日は雨天、城山全体が霧雨に煙るマニア垂涎の風情!

晴天時は360度パノラマで城下を見下ろせる天守台(=現在は懸崖木枠の上に展望所が完備)跡からの風景が見事な城だが、この日は霧雨で視界ゼロに近い。展望台からは木枠以外、何も見えない。見学者の多くが残念そうでもあり、しかし風情を堪能して帰る様子に、新たな城巡りファンを見受けた次第。岩村城ほど有名ではなく、おまけに雨天ながら、こんな日でも城巡りするという時代は近年でもそうはないのでは?しかし見事な雰囲気で大満足であった。

 

 

 

 

●戦いの匂いが強烈に漂わせる。また歴史検証にもしっかり取り組む!!

ここでも恐縮だが観光用に用意された登城口を利用させてもらう。然しその出発点にある「苗木遠山史料館」は、この苗木城や遠山家、江戸時代の産業にまつわる、さまざまな資料が丁寧かつ、見事に整えられている。この規模の城下町でここまできちんと!は敬服のレベル。来館者は皆さん、感嘆していたようだ。

 

 

お隣りの岩村城のように百名城には選定されていない、小振りな山城ながら絶対見ていただきたい城である。とりわけこの苗木を含む中津川市は、全国一の鉱物資源の町でもあることは、あまり一般的に知られていないかもしれない。私は全然知らなかったので、不明を恥じるばかりである。しっかりとした立派な博物館が整備されている。さらに昭和の大画伯=熊谷守一の出身地であることも失念していた次第。何とも不勉強に驚き、あわせてすごい町と再認識された駆け足の訪問だった。

日本三大山城:岩村城の裏巡り?

 

●裏巡りで、三大山城の実感の一端に触れる!

天気予報以上に現地はかなりの雨天、霧雨のような天候で山城巡りには何とも良いニュアンスの日。無論、計画しての予定ではなく行き当たりばったりは問題だが、霧雨に煙る城址はまた独特の趣である。時間もなく表登城口からではなく、裏巡り的な車である程度の地点までいける観光用を選択。・・・※岡山高梁の「備中松山城」、奈良葛城の「高取城」で三大山城と言うらしい。豊後竹田城、岩見津和野城はどうなのだろうか???

 

 

 

●駐車場はかつての出丸、さすがに急峻で石垣も高い!

噂にたがわない急峻な山城。まして”霧の城”と呼ばれるほどに、雨天に湧き上がる山霧は城の姿を見事に隠していくので、攻め手には容易ではない時もあろう。登城の道幅も狭くいたるところに虎口が構えてあり、さすがに三大山城といわれるだけの縄張りである。山の地形も尾根の頂き部分にやぐらや塀を展開し攻めづらい。・・・※大手筋からの登城は相当にきついらしい!!

 

 

 

●戦国期は”織田信長”の叔母が守った城で有名!

信長の叔母=遠山影任(城主)を信じた信長軍も、強力な武田軍:秋山虎繁の前には敗色濃くなり、結果、この叔母は敵軍の大将:秋山と政略結婚で寝返ることに。武田滅亡の前にはこの城を攻め落とし、叔母と秋山氏を逆さ磔にして復讐を遂げたというエピソードの城なのである。・・・※「女城主の城」としてPR中。

 

 

●江戸時代は大給松平家がほぼ統治!

戦国期の土豪は遠山氏。江戸時代は苗木藩に転封され、ほぼ大給松平家が統治することに。2万石ほどとはいえ、本格的な城下町が形成されて明治を迎える。今も「JR岩村」駅から城跡までは城下町の景観や風情が多く残り、観光客も多い。復元CGや模型を見ると、いかに江戸時代初期に完成度の高い山城で、まさに難攻不落で、かつ美しい山城でもあることが驚きである。

 

 

 

 

 

●江戸後期の逸材、「佐藤一斎」を輩出した名門の家柄!

小さな藩ながら藩校も構え勉学を奨励。その中でも国学者として「言志四録」を著し、広く思想的影響を及ぼした佐藤一斎は傑出した出身者であろう。御殿跡にその銅像が立つ。江戸期は地方ほど有能な国学者や思想家、社会実践の人材が輩出されているが、まさにこの山深い岩村という地は、地方再生を願う現代の地方施策において気概をもたらせるのではと。

 

 

 

 

 

 

心温かい空間に立ち会った一日。京都府の「児童文化の集い・in亀岡」

●児童福祉施設ってご存じだろうか?

家庭の事情や自らから障碍を持つことで、家庭や親族を離れて共同生活をする施設=公設・私設を含めて京都府には10施設ある。その連絡協議会が47回目を迎える「児童文化の集い」が、10月29日(土曜)に各施設持ち回りの分担で亀岡市内で開催された。

会場は「ガレリアかめおか・コンベンションホール」。京都府彼の10施設=規模や園生の区分はあるが、発表会にふさわしいホールで驚いた。亀岡市は北京都エリアの中核都市なので、箱もの行政といっては語弊があるが規模の大きな公共施設が多い。園生たちの発表も気合が入る施設だなぁと感心しきり。お手伝い仲間のTさんは、ここで植樹祭❓が開かれたときに、皇太子殿下と眼前に接する機会があって印象深いところだと教えてくれた。

 

●青葉学園生、ホール内全体を包むような頑張りで!

ホール内では、ステー演技以外には、日常生活の紹介や、絵画、書の展示もあり、初めての来客者にもよくわかる紹介がされていた。

私がささやかな応援に行っている亀岡市内の青葉学園さんの出番は最後。得意のダンスパフォーマンスは、普段、苦手意識のある園生がメインステージで。得意な人や江口理事長が脇を固めるという配置で頑張っていた。正直、前のパフォーマンスの和太鼓のレベルが相当だったので、迫力負けは否めない。ただ園生がホール内の観客を包むように客席を囲んでのラスト演技は、温かく明るい感じで良かったかと。

 

 

 

 

●通学タイプの通信教育生との違い。

10月から広域制通信教育高校へ授業に。家庭学習以外に週3〜4日程度通学してくる生徒もいる学校。私の担当の美術(=書道と半分、担当の先生がいる)に比重を置いて、いい意味で文化的・素養的な成長を見れるが、悪く言うと息抜き科目コース。初めて授業に出て想像以上にだらしない!!学力ハンディを自から醸し出す体たらくさに情けなく思った・・・こういう生徒を教えるというような感傷ではなく、「なぜ自分から”できません”レッテルを貼りだすのか?!」という情けなさである。

曲がりなりにも私学へ通う授業料、少なくとも片親との生活がありながら、不勉強とか日々の生活習慣の怠惰さという甘えが痛い。

 

児童福祉施設の子供らは親から離れた状況で入園して、高校卒業まで過ごす子が大半。然し園の先生方や職員の方、学校の先生の努力もあって、知らない人が想像するよりはるかに、きちんと団体生活ができ、下の子の面倒もよく見れる子が多い。つまり自身のレッテルはまともな貼り方をしている。

 

●約45000人と約80000人、さぁ社会がどう見るか?

児童福祉施設生が全国で約45000人、高校へ行けないという状況が約80000人。無論、後者は経済的理由やDVなど家庭の問題よりは自身の問題も多いのだが。また実数は少ないが、社会的には無関心に近い「教育困難校と呼ばれるランクの一番面倒な小・中・高生も数万人いる」のも現実。差別言葉で”教育格差=落伍生”とも呼ばれる。

 

「教育は国家百年の大計」といわれて世界に冠たる日本の教育思想。然し少子化が激しい中にも、教育格差は確実に割合を増やしている。困ったものであるが、それでも現場をあきらめない教員や先生は多くいる。彼らへの応援は社会が見つめる視線である。青葉学園さんは優れた資質の理事長の力にもよるが、過去には有名な芸能人の協力もあり、現在は市井にある経営者や幹部の人が様々に応援活動にかかわる。そのため園生が職員や先生以外に、”きちんとした大人”、”信頼できそうな大人”を肌で知って、成長していっているから素晴らしいと思える。

 

 

さぁ来年3月まで、週2回の授業は、どういう化学反応を起こせるか?「通学生よ、どうせ通うなら、仕方なく入学した学校ではなく、自身を変えるための学校と、再認識してくれ!!卒業して家族を得て、やがて子供に誇れる学校かどうかは、君たち自身に今の姿勢にかかっている!!合掌

兵どもが夢の跡・・・だが月山富田城は鄙びても美しい!

●松江城をやり過ごし、何とか行き着いた月山富田城!!城下がパノラマ的箱庭。

 

1日限りの休日に迷わず選んだのが「月山富田城」。長男の百名城巡りの付き合いの一環ながら、スタンプの押し忘れの「松江城」は何度も足を運んでいるので、足早に失礼して。”国宝認定”ということで、連休とはいえ賑わいはかなりのもの。また堀巡りの船の乗船状態も良好で、全国でも松江城ならではの楽しみ方である。暑さと人の多さに疲れて、出雲そばを味わいたかったがどこも満員で、かき氷で熱中症対策とした。

 

さてはて松江から、安来市の「月山富田城」へと。個々は継続的に保存作業が続けられて、次第に国内最大級の山城の遺構が明らかになりつつある。このお盆中は3日間限定の登城コースが用意されていたので、気軽に参加。然し一番きついコースであったことは後で思い知る。

 

 

●当時と変わらないような登城コースに、息絶え絶え。日頃の不摂生が祟る。

 

山城巡りは慣れた長男と違い、61歳を目前として体力は落ちている。また92歳にしては健脚を誇る父も、今回は途中で休止に。父を置いてあわただしく山頂の本丸、二の丸へ。飯梨川からの遠望で見えていたのがココ。石垣の壁面と、整地され他本丸当たりの木々が屹立しているので目標にしやすい。

 

本丸は今、祠や東屋がおかれているが、往時の本丸の雰囲気は伝わり、また出雲平野や中海を眺望出来る。一段下がって二の丸からは攻撃してくる敵の動きが手に取るように見える出丸の機能を。さらにここからは城下が迫って見える。とにかく、パノラマ状に見回せる景観は、たっぷりと汗をかいて登ってきた甲斐にふさわしい満足度。名城と謳われた山城は多いが、見下ろす景観の良さや周辺界隈の整備で、秀逸なのはこの城だろう。

 

 

 

●静かなる、歴史の語り部へ。整備が続けばより、全国に誇る素晴らしい復元遺構となるだろう。

 

領主:尼子家は尼子経久〜晴久時代が全盛で約11カ国を傘下に。やがて凋落による内部分裂もあり、新興勢力:毛利元就との激戦ののち滅亡する。尼子家の再興は、人気の武将:山中鹿之助の悲願となるが、秀吉軍の援護を得られず上月城で敗北。この悲運の武将を大河ドラマにと地元では運動をしている。

尼子家の後は毛利家の支配に。やがて関ヶ原の戦い後は堀尾吉春が拝領する。然し不便さから松江城を開き、これで月山富田城は廃城となる。実は江戸時代は松江藩の支藩として広瀬藩ができたが、陣屋は街中に設けられ、今の城跡は逆に言えば往時のままでもある。目前を流れる飯梨川の河川敷公園整備も美しいが、それと合まっての遺構整備に期待大である。

 

 

 

第2回かがわ・山なみ芸術祭:観音寺市大野原地区を見てきた!!
●新規開催地としての大野原地区、ここには1つの理想となった!

この地区は5年も前から”五郷・里づくりの会”が結成され、地元住民による地域振興グループがあった。既に”里山歩き”、”水車小屋の設置”など、熱心な取り組みは広く知られるところ。しかしその会をもってしても開催を決意されるまでは、幾度も会議を持った。不慣れなことに不安が先行し、さらに市の予算も曖昧な流れにあり、1年以上をかけた準備となった。


●独自の歴史や景観に恵まれた地区は、開催地にふさわしい!

源平の戦いで敗走した平家落人の伝説が残り、また今でこそ肥沃な大野原平野で農業が発達したが、元々は水不足。そこで石積みアーチ型という全国でも珍しい、美しいダムをはじめ、いくつかの灌漑用人造湖が作られてきた地区でもある。つまりこの大野原平野の水源地でもあるのだ。奥まった山遇いの町ながら、中世から伊予、阿波、土佐、讃岐をつなぐ要衝でもあったのだ。
この地区の高峰、雲辺寺山は四国霊場の寺もある。戦国時代、四国統一を為した土佐の長曾我部元親が、この山から見下ろしながら統一を祈願したのである。


●主な展示エリアは3つ。豊稔ダム=五郷小学校=JA五郷支所倉庫!

一番奥は、棒賀神社=月光を浴びると発光するアートだ。石積みダム=豊稔ダムは見事な景観に対し、溶け込み、また際立つ展示が。またテーマも水にまつわるコンセプトである。次は五郷小学校=ワークショップ系のアート展示。屋内作品が中心だが、市内の小学生を巻き込んダ作品は、作家の作品とは別に山なみ芸術祭=地元作家や関係者が50%は展示、という理念にも合う。そして一番手前がJA五郷支所の建物や倉庫での展示だ。展示品と動画がセットになり、現代アートらしい見る人を煙に巻く演出が楽しい。


●作家と住民の方とのふれあいや共同作業が、見事にマッチング!

最初のオリエンテーションでの惑いなどどこ吹く風。キュレーター=中野先生(地元出身で山口大学アート研究室教員)とNPO法人:ものづくり学校(=芸術祭の本部)理事の大西先生〈地元小学校教員)のサポートに見事に応えて、作品作りから、会期中の運営全般と大変労力でこなしてくれている。5月15日(日曜)は、山なみ芸術祭の2番目の開催エリアというこの地の開会式は、市&県サイドから、市議会議員、県会議員、実行員会理事関係、作家の方、地元代表、メディア関係などが詰めかけ盛大に。
本当にうれしいスタートだ。まだ1週間ある、最後まで事故が起きないよう、また暑い中、皆さん、お元気でお願いします。合
全町、あっぱれなるか、神河町!!
●兵庫県の誇る珠玉のローカル、小さいことの良さがてんこ盛りの神河町。
兵庫県外の方はどの位知っていたり、訪問しているだろうか?今度で3度目になる神河町さん。本当は桜のシーズンに訪問したかった。前回にお邪魔したときに重々思っていたのにも関わらず、年度末の厳しさで断念。今回はあるイベントのことで全町をくまなく=といっても広いので上っ面だけの走り見だったが。でも天気は快晴、ここまで心地よいかというくらいの青空と新緑とせせらぎなどの包まれた一日となる。

●4本の川とその近郊が織りなす、それぞれの表情と施設、また山並みは借景。
この町は平均的に4本の河川が流れ、その河川ごとに集落が形成され、さらにレクリエーションスポット、文化施設や名刹、桜花・紅葉スポットなどが、平均的に配備されていてそのバランスに驚くばかりだ。

●小田原川・・・町役場の近くを流れ、アユの遡上、蛍の乱舞で有名。
水車公園⇒ 峯山高原⇒ 砥峰高原⇒ 太田ダム・・・映画のロケ地として、文句なしの名画的な景観の連続。

●犬見川&市川・・・上流は犬見川でアマゴ釣り、蛍。中流から市川へと合流。JR播但線と並列で。
長谷ダム⇒ エル・ビレッジおおかわち⇒ モンテローザ⇒ JR寺前駅⇒ 新野水車の里・・・静かな佇まい。

●猪篠(いざさ)川・・・城崎へ北上する播但道&銀の馬車道街道、古来も今も交通要衝。
ヨーデルの森⇒ 奥猪篠の棚田⇒ 銀の馬車道⇒ 大黒茶屋⇒  粟賀ゴルフ倶楽部・・・越智川と合流点は町の中心市街地。

●越知川・・・最長の河川で名水を生み出す清流。アユも蛍も生息、風情ただようサイクルロード。
新田ふるさと村⇒ 越知川名水街道⇒ 千ヶ峰南山名水⇒ グリーンエコー笠形⇒ 扁妙の滝⇒ 公立神崎総合病院⇒ 福本陣屋跡⇒福本遺跡公園・・・流域に沿って自然と歴史・史跡、公園が点在する魅力あふれる川と街道。

写真が全て用意はできていない=実は要所要所でドローンの試験飛行をしていたので・・・拙い紹介に感化され、是非ご自身の目と身体で愉しんでいただきたい町なのである。面積はかなりあるが人口は兵庫県で一番少ない町とか。でもあふれんばかりの自然とそれを活かしたスポットは四季を楽しめるところばかりである。この10年で100組の移住が進んだという・・・なるほどの町かな!!
 
第2回かがわ・山なみ芸術祭、始まる!!
●4月29日から、発祥の地:あやがわからスタート!!

第3回 瀬戸内国際芸術祭のパートナー事業として、第2回かがわ・山なみ芸術祭が、発祥の地:あやがわ会場を皮切りにスタートなる。私は神戸にいるため開会式はオープンすぐには間に合わず、ようやく5月15日に走りぬけるように見てきた。



第1回とは展示会場が全然違い、また屋外展示よりも主会場の旧枌所(そぎしょ)小学校校舎の屋内展示や、てんこ盛りのパフォーマンスでチャレンジである。浅見キュレーターの思いが強く反映されて、また新たな1ページとなった。さすがに午後からだけでは見き切れない、再度チャレンジしなくては。

●枌所小学校校舎内は、若い感性や取り組みのインキュベート。
まるで文化祭的な趣で、各教室は若い作家が意欲的に様々な表現に取り組んでいる。また夕方や休日を中心にパフォーマンスが、これまでか!という充実した取り組みで網羅されている。時間がないという言い訳が、申し訳ないような踏ん張りで、これから行こう思われる方は、是非時間を確保してお越しいただければと思う。教室を行ったり来たり、上がったり下りたりと忙しい!!
★休日はスタッフ自慢のコーヒーや”山なみトーストセット”=地元が誇る自然100%のジャムによる・・・などの楽しみも。






●田んぼの学校は、前衛的な取り組みが。鯉幟的なモニュメントが目印。
小学校を後にのどかな山道を歩いていると、田んぼの中に小さな集会場のような古い建物が。鯉幟的なモニュメント=最初は鯉幟化と思っていて近づくと、絵の具をつけた縄跳びを、地域の子供たちが布の上で飛び、着彩したという者。それを筒状にして鯉幟に見立てている。どこからでもよくわかる。
ここではパフォーマで有名な作家が、関東の方から牽引してきたリヤカーの展示も。道々いろんな媒体で紹介されて来たようで、山なみ芸術祭でしばし休息。現代アートになれた綾川町の人もさすがに個のインパクトには驚いたのでは??
※今回は、前回の田万ダム周辺のトレッキング&アートとは意図が変わり、町内の資源をなるたけ活かそうと古い民家内や農地、牧場まで引き込んでいるところに特色が。
★とにかく会場は広く点在し、パフォーマンスも多く、十分時間を取ってきていただきいたい。





●今回の試みの1つ、うどんモニュメントが誕生。
あるようで案外なかった???香川=讃岐うどん、それゆえのうどんの麺に似せたモニュメントが、綾川町学習センターの芝生の中に誕生。くねくねとひねった白いパイプが讃岐うどんの麺を表すことは、一目瞭然・・・ただここのあるのが良いのか、あやがわの会場内が良いのかは??であるが。
★パイプ状のものをひねるのは案外難しく、かなり技術がいる。担当された鉄工所さんはお疲れ様でした。

こういうことで、再度行き直さねば、見た!!とまでは言えない走り見でした。
★あやがわ会場は、5月22日(日曜)までです。地元で発送され、地元作家が半分はいるアート展です。無論、今回は美術手帖で公募した経緯もあり、海外まで含めて多くの県外作家の参加を得ています。でも予算は雀の涙・・・苦しい中で地域振興の旗振りをしています。よろしくお願いします!!合掌
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