• 2020.02.08 Saturday
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黄砂に霞む月
 3月某日、朝早く外に出ると黄砂の中、
月がきれいなトーンで霞んでいました。
グレーの色合いがきれいだったので、デジカメで撮影。

黄砂

Voxのブログの書き込み、いつもなにを書こうか悩んでいました。
カメラ撮影に慣れる意味もあり、自己表現できるコーナーとして
撮影した写真を紹介していこうかと思います。
ローカル?!…お主なかなかやるなぁ
これだけIT化の時代となって自社も一気にスピードアップと思いつつ、まだまだもたつく中、一方でアナログな冊子という媒体も刊行。忙しさは増すばかりだが創刊から続刊へ、
続けていく中で高めていくことは当たり前のこと。そういうなかでは自問自答や躊躇や戸惑いもある。他を参考にしつつも、今与えられた条件下でポジションとかありようはとか???公的性を身にまとうと意外と個性が出しにくくなる自覚もあるが…。

で、見つけました…はたして県庁所在地がローカルか?と言えばさらにローカルが拠点の自社にはひがみっぽい感情も残る。しかし今や東京以外はすべてローカルとも言われかねない時代の中、ローカル万歳と言えそうな媒体を見つけた。今月のGAGDA(=社団法人日本グラフィックデザイナー協会)発行の機関誌=毎月届く会員向け情報誌…で紹介されている事例が以下の2件。


●岩手県盛岡市・・・「てくり」木村敦子氏:ディレクション、赤坂 環氏:コピーという女性コンビの紡ぎだす地域情報誌。う〜ん、丁寧で女性らしい、品位のある冊子になっているなぁと敬服。

岩手1
岩手2
岩手3

年2回の発行で、既に9号を刊行=約2000部を実売できているそうだ。セカンドライフを迎えた大人のオフタイムや知性派系の女性向け紹介冊子にある、構成や狙い方だが、でも自分たちのスタンスが相当しっかりしていて小気味良いし、唸らされる。“なぜ盛岡に暮らしているのだろうか”そういうローカルに共通する思いや願いが込められていそうで、でも等身大的ないい雰囲気である。
自社も街づくりや地域振興であれこれと関わりつつも、雇用や定着なくして地方はない!との思いばかりで走り方が不器用であったこと反省させられる。



●愛知県豊橋市・・・「春夏秋冬(=はるなつあきふゆ)叢書」味岡伸太郎氏:ディレクション、内藤昌康氏・宮本真理子氏:コピーなど複数で編集部が構成されている中で代表的なメンバーとして紹介されている。季刊発行で自費出版としてすでに7年:28号を数える。10年:40冊で完結という大事業である。

愛知1
愛知2
愛知3

三遠南信エリアの伝統はじめ文化は無論、はてさてユニークな街歩きの発見物シリーズとかで、百科事典的にも構成されているそうだ。中世から戦国時代にかけて“三国一の弓取り”という語源にもなる“武家の鑑”としての言葉が生まれたところだが、これだけのレベルでまとめあげたローカル事業は少ないだろう。テイストは昔から言えば太陽や、今でいうサライ調である。それは好き嫌いとか感度云々とかではなく、普遍の定石というものか?・・・とにかくえらく立派で感嘆しかないなぁと。まさに武家ではなく“文芸家の鑑・・三国一のデザイン取り”かと。
社内で一人1コンテンツを標榜せよと言いつつ、本社を離れてローカル人を忘れそうな今、でも東京以外は皆ローカル。そういう中で改めてローカルデザイナーの品性を見直せるよい事例紹介だったと思う。


知性や教養はローカルでもしっかり磨ける。都会に負けないことはいくらでもある。負けても戦う次元が違うことで、戦うというよりも交歓するという相互に益する関係すら築けるかと…。上記のようなローカルコンテンツの情報誌が全国でも7か所くらいでそれぞれの規模で自費出版されて、500〜3000部の範囲で常に完売状態だとは聞く。当然ネットへの連動もスムースなこと請け合いだ。あらためてデザイナーのできること、デザイナーだからこその意味を見つめ直せる事例だった。

タッチスクリーン式ギター
タッチスクリーンを押さえることで音が鳴るギター。
弦を張っているギター以上の表現力がありそうです。
舞台の上でも画面は映えますし。



ただ弾くのは難しそうですよね、タッチスクリーンだと手応えが無いので。
たとえばiPodTouchのキーボードはかなり良く出来てるんですけど
手応えが無い分だけ使いにくいと言いますか。
アナログのキーボードのように押してる触ってる感じが手に伝わる情報って重要ですね。
ひこね
先日、打ち合せで彦根に行ってきました。
実はこれが「初彦根」。
せっかくなんで時間があれば、
観光地に行きたいと思ってました。

打ち合せ後、先方様の配慮で、
彦根市内を車でまわってもらえる事に。

私の知っている、彦根情報は、
彦根城、琵琶湖、鳥人間、あとはひこニャン。


↑見づらいですが、彦根城
「ひこニャンはどこでいるんですか?」と同行の方に尋ねると、
「天気のいい、週末ですかね〜。」
この日は現れる日ではなかったようです。



↑琵琶湖・鳥人間の舞台のあるところ



↑キャッスルロード
数年前に、彦根城前の通りが整備されたようで、
白壁・黒格子・いぶし瓦が並ぶ景観は
あいにくの天気で残念でしたが、
風情のある、素敵な町でした。



↑和菓子が有名な、たねや。
の洋菓子「CLUB HARIE」のバームクーヘンなどなど、
おいしくいただきました。

2011年のNHK大河は、滋賀県ゆかりの戦国武将、
浅井長政とお市の方の三女「江」を主人公とする
「江〜姫たちの戦国〜」に決定したそうです。
来年はさらにアツい町になるんでしょうね。


夏の楽しみ
まだまだ足元ストーブが離せないというのにちょっと気の早い話ですが、夏に向けての楽しみがひとつ。

今年は瀬戸内国際芸術祭が開催され、さぬきうどんだけじゃなくアートでも注目されそうな香川県。海部がやるなら山間部でも!ということで高松空港奥にあるダム周辺で野外造形展が計画されつつあります。

徒歩1時間ほどの緑いっぱいのコース

まだまだ計画段階でどんなことになるのやらと、先輩や先生方の動きを横から見ているだけですが、今回は今までの「出品するだけ」のお客さまから少し前進して「展覧会をつくる」あたりから関われそうなので、それが結構楽しみです。

開催予定は7月。
「時間切れ〜〜」で即席作品になってしまわないことと、
蛇&蚊に遭遇しないことを祈りつつ。

遅ればせながら
 映画「アバター」を見ました。3D映画は初体験だったので、とにかく映像には驚かされました。画面中で手前に物が横切ると、一瞬前の席の人が手をあげたかのように錯覚したりと、完全に立体が再現されているわけではないでしょうが、本当に奥行きを感じる映像でした。ただ、自分は近視用のメガネをかけていたので、鑑賞の時はメガネonメガネの状態で非常に顔面が重かったです。今後はメガネがない状態でも立体映像が上映できるような装置が発明されることを祈ります。
ストーリーは一応ふせますが、話のなかで一番気に入ったところは「触覚」です。舞台となる惑星「パンドラ」の生き物にはもれなく?ついている器官で、髪の毛やひげのようなところにむき出しの神経みたいなのが4・5本隠れており、他の生物のそれとつなぐことで体感覚を共有できたり、意志疎通がはかれるという設定になっていました。脳と脳をつなぐコネクターのようなものでしょうか、現実では大変な意志疎通を簡略化できる、まさにSFな器官です。便利そうと思う反面、少し気味の悪い感じもします。
映像に期待だけして見にいきましたが、いろいろ世界観が練られていて面白かったです。触覚
わが夢とロマンの「日本怪獣映画」
 この3月に我が家の娘が小学校を卒業するんだけど、卒業記念に一冊のノートを学校から受け取って来た。このノートに家族みんなの小さな頃の夢を書いてもらうのだそうな。それを卒業の記念に大切にしなさい、ということらしい。ほ〜、学校もなかなか粋なことをするのね、と感心している場合じゃないぞ。当然僕も何か書かないといけないのだ。
小学生の頃の自分の夢、それははっきりと思い出せる。僕はその頃、怪獣映画に夢中で将来は映画会社の社長になるのが夢だったのだ。ゴジラ映画を作っていた東宝、ガメラ映画を作っていた大映、そんな会社を作って大好きな怪獣映画を作ってみたい、と思っていたのだ。一緒に夢中になっていた仲の良い友人がいて、彼は映画監督になるのが夢だと言っていたが、僕は子供心に映画監督よりも映画会社の社長の方が偉いんだろうな、と勝手に思っていた。今風に言えばディレクターよりもプロデューサー、ということになるのかな?まあ分からないなりにそう思い込んでいたわけだ。


怪獣映画というジャンルはもちろん日本だけのものでは無い。「怪獣」を英語でいえば「MONSTER」だが、日本でいう怪獣はただのモンスターでは無いのだ。その認識の違いは1998年にハリウッドで制作されたアメリカ版のゴジラを観ればよく分かる。大胆に変更された造形はともかくとして、そこに描かれた「ゴジラ」はあくまで動物を基本としてのモンスターでしか無かった。言えば巨大な鮫だとか人食い熊だとか、よくあるモンスターパニック映画の世界なのだ。そこに登場するモンスターはあくまで巨大で獰猛なただの「動物」であって、その知能は人間のそれより上にはならない。しかし日本の怪獣映画でいう「怪獣」は人智の及ぶような存在であってはならないのだ。あくまで「怪獣」であり、生物学的なサイズの大きさを形容しただけの「怪物」では無いのだ。


昭和29年に公開された「ゴジラ」第1作。水爆実験で太古の恐竜が蘇り、東京を襲う、というものだった。核兵器への怒り、人類への報復、そしてまだ終戦間もない日本人においては戦争というものの理不尽さを思い出させ、そしてそれを生み出したのは人類のエゴであるということ。そのすべての象徴がゴジラであり、ただの巨大な生物では無いのだ。その後、長い年月、ゴジラは子供達のヒーローになった時代もあった。

恐怖の象徴であれ、子供達のヒーローであれ、そこには必ず魂ともいうべきものが宿っていた。あるときは怒り、あるときは守ってくれる、誰もが畏敬の念をはらわなければならない、例えれば人智を超えた神のような存在。それが日本の怪獣映画における「怪獣」なのだ。

怪獣映画がどんどん凋落していった平成の時代にファンを狂喜させた「平成ガメラシリーズ」。シリーズ3作品とも、徹底したリアリズムと古き良き時代の怪獣映画のカタルシスを同居させた素晴らしい作品でファンの評価も高い。それを見たとあるハリウッドの映画関係者の人が「確かに素晴らしい脚本だ。しかしアメリカの観客はこんなに難しい怪獣映画は観ないよ。」この言葉が怪獣映画における日本とアメリカの認識の違いを端的に現している。


日本の怪獣映画の最大の特徴。それは怪獣たちは必ず着ぐるみで表現されるということだ。着ぐるみの中に人(スーツアクターと言われる人たち)が入り、歩き、動き、街を破壊する。前述のハリウッド版ゴジラは全編フルCGのゴジラだった。ゴジラに限らず、ハリウッド映画で怪獣らしきものが表現される場合、そのほとんどがフルCGだろう。思い出されるのは1993年の「ジュラシックパーク」。見事なCGにより再現された恐竜のリアルさには誰もが驚嘆させられた。しかし、どこまでリアルに表現しても、それは恐竜という「生物」の動きの再現以上にはならない。そこに魂を宿らせ、「生物」を超えた「怪獣」にするためには、ただCG技術が進歩すればいい、というものでは無い。例え時代遅れと言われても人が演ずるからこそ、そこに魂が入るのでは無いだろうか。

ゴジラの初代スーツアクターの中島春雄氏が、今でも世界中のゴジラファンから「ミスターゴジラ」と讃えられ、各国で開かれるファンイベントに招かれるという。僕は一度テレビでアメリカでのファンイベントの様子を見たことがあるが、中島氏が熱狂的に迎えられる姿にはやはり感動した。確かハリウッド版ゴジラが公開された頃の話で、アメリカ人のファンの人たちは口を揃えて「あれはただのデカイだけの単細胞の動物。ゴジラはそんなものじゃない」といっていた。そう、分かってくれる人はいるんだ。「怪獣」はあくまで「怪獣」であって「怪物」では無い。「怪物」はリスペクトの対象にはならないが、「怪獣」はリスペクトされるべき存在なのだ。


しかしながら、現在日本において「怪獣映画」というジャンルは完全に消滅した。ハリウッドに一度身売りされたゴジラは結局日本に戻ってきたけれど、2004年思い出すのも恐ろしい史上最悪の大駄作「ゴジラFINAL WARS」でその歴史に幕をおろした。同時にかつての怪獣映画少年たちの夢もいつの間にか遠く消え失せてしまった。今の子供達はフルCGが生み出す驚異的なバーチャル映像に夢中になり。着ぐるみの怪獣映画など「ダサイ」「かったるい」となるらしい。確かに最新のフルCGが作り出す世界は素晴らしい。しかしながらテクノロジーのみが先走る感が否めない気がしてしまう。例えば「スターウォーズ」。フルCGのキャラクターがバンバン登場するエピソード1シリーズよりも、アナログな香り漂う1970年代のシリーズの方が魅力的だったと思うのは僕だけだろうか。


かつて、ゴジラ映画に使われた着ぐるみは映画1本撮り終えると二度と使えないくらいボロボロになっていたという。ところが平成時代になって作られたゴジラ映画では着ぐるみは使い回されていたらしい。「それは立ち回りが足りない証拠」とは中島春雄氏の弁。人が中に入り、実際に動いて汗を流して、傷だらけになって、あの頑丈な着ぐるみがボロボロになるまで奮闘する。確かにダサイかも知れないけれど、そこに作り手の熱い思いが込めらる。そして「怪物」は魂を持つ「怪獣」となる。それが日本怪獣映画の本来の姿なのだ。どんなに技術が進化して、バーチャルな映像が可能になろうとも、人を感動させるのは人が一生懸命になっている姿(もちろん着ぐるみの中の人は画面には写らないけれど)であって欲しいと思ってしまうのだ。


なんていうことをグダグダと書いていたら娘から手渡されたノートはたちまち文字ばっかりになってしまった。こりゃまたマニアックな中身になってしまったな〜、学校の先生がこれを見て変な親だと思わないかな〜などと少々後悔しているとそれを見た長男が「こんな字ばっかり書いて、誰も読まないよ」などと抜かしやがる。彼は以前、このスタッフブログの僕のコメントを見て「あんな長い文章、誰も読まないんじゃないかな〜」とありがたい感想をくれた。うるさいわい、放っとけ、バーチャル映像のテレビゲームばかりやってる分には、夢もロマンも理解できまい、とアナログ世代の愚痴で反撃する。キーボードやマウスを軽やかに動かすだけでは伝わらない情念もあるのだよ。う〜む、DVDで観るゴジラの表情が頑固な昭和親父の顔に見えてきてしまう今日この頃。

43歳と42歳5ヵ月
 先日の日曜日サッカーJ2の試合で、三浦知良選手と中山雅史選手が、それぞれの所属チームでJ2公式戦に出場した。カズは後半33分に途中出場し、シュート数0本でいいところなくで終了のホイッスルを聞く事に。ゴンは後半ロスタイム46分に途中出場し、4分48秒と短いプレーながらダイビングヘッドでゴールを狙い存在感をアピール。

カズは今年で43歳、この試合では43歳と9日でJリーグ最年長出場記録更新。ゴンはカズに次ぐ42歳5カ月と12日での出場となる・・・スゴイ。43歳と42歳、自分より年上で現役を続けられる。自分が今サッカーをすれば5分と走れないだろう(運動から長い間とうざかっている中年と一緒にする方が失礼だが)。草サッカーならいざしれずJ2とはいえプロでこの年齢でまだ頑張れるとは考えられない。それも2人ともFW。チャージや故障に強いフィジカル面や、メンタル面、そして何よりプロとしてのモチベーションを高く維持し続けているのだと、仕事に置き換え見習うべきところがあります(サッカーでは到底真似できないので)。今季25年目のシーズンを迎え、所属チーム横浜FCで主将も勤めるカズ、お互いJ1復帰を目指す43歳と42歳。共に出場しての直接対決に期待します。

ちなみにJリーグの最年少は16歳。親子ほど離れた年の差・・・

東京的休日
先日、姉の結婚式で東京まで行ってきました。
東京はなにかしらでちょくちょく行くんですが、どうにもあの新宿界隈の人だかりには慣れません。大阪もそれはそれで人は多いんですが、東京のそれは頭二つ三つ飛び抜けてるので、大阪も所詮は「地方」だということを思い知らされます。
まあそんなこんなで式自体は滞りなく終了し、(親兄弟だけのこじんまりとした式だったのでかわいそうなくらい滞りなかったです)それじゃあ東京観光でもしようかということで新宿御苑に。
あの猥雑極まりない歌舞伎町の目と鼻の先にこれほど閑静な空間があるというのもヘンな街ですねぇ。広大な敷地から向こうを見れば高層ビルがニョキニョキ。ヘンな感じですねぇ。

2
ちょうど梅や寒桜が見頃の時期で、苑内にはカメラマン(プロかアマかは判別不可)がうようよ。私も一応前回記述のD90(どノーマル)を引っさげてはいましたが、それがちょっと恥ずかしくなるほどにみなさん気合いの入った重装備。プロの方もおられるんではないかと思いますが、それにしても一本の寒桜にはつっこみたくなるくらいに「たかって」おりました。

3
シャッター音が止まない…。

4


日々のニュースでは最先端のトレンドなどがなにかと話題の東京ですが、歴史的見地からの見所もまた無数。一度「歴史巡り行脚」したいですね。

最後に、都庁からの夜景を。やはりきれいです。
展望室は中国人と韓国人のごった煮でした。

1


「正しいことは進んでしてみよう!!!」
 大上段に構えるほどに正義漢でもないが、この頃少しうれしいことがあった。単身赴任して6年、ようやく少しだけ神戸人間になれたらなぁと思うこと。またこの分野が意外とすっきり行かなくてべたっとした世界で、今回名古屋から風穴を開けられたこと。


まず前者だが、神戸市の中央区に位置するポートアイランドという世界でも例を見ない大規模の先端都市構想の街=人工島がある。住民は約8000人、昼間人口は何万人もいるだろう。この3〜4年での大学進出で学生だけでも1万人以上を数えるし、上場企業から研究開発型企業まで、神戸経済の中核をなしている上、新規開設が医療系で130社に余る。

この未来型都市に通うこと5年以上、ここ最近特になにか閉塞感を感じていた。それで取引先と図って、このエリア限定の情報誌を企画した。そう発想することに難しさはないし、誰しも一度や二度は考えたこともあるだろう。特にあーしたらこーしたらと考え出すと、この人工島の持つ顕在的かつ潜在的なコンテンツの膨大さに、ただ指をくわえて待つことの方が自然かもしれない。でも今回は批判も想定してリスクよりは歩きだすことを選んだ。


2月25日過ぎに創刊〜配布。ポートライナーの駅におきつつ島内各所へ配布。無難なスタートを切ることが第一目標で、この島の多くの人にまず理解いただけることのみを考えていた。・・・数日が過ぎたら、神戸新聞さん、サンテレビさんに広報されて、急に近辺が騒がしくなって、極めつけはNHK神戸さん。第二号の取材に同行しての撮影、それがニュースとして神戸市内はもとより関西一円に。日々問い合わせや激励屋売り込みの電話連絡などで編集部は大慌て。市のトップクラスからの呼び出し、激励に改めて反響を自覚した次第。ありがたことだと思った。確かに予算的には厳しいが、こうした自発的で公共性があるとこんなに期待されるのかと。第二号に向けて否が応にも奮い立つ思いである。

わかる人にはわかるんだとか、結局ポーアイが好きなんだとか・・・。



後者は名古屋で産声を上げた「創美:東海版」だ。高齢者介護という、今もこれからも日本にとって大命題となる分野である。実は高齢者介護業界には、相当数の冊子、WEBなどの紹介媒体が乱立していて、本来後発など参入の余地もないかのように思えた世界でもあった。しかし実務経験豊富な友人に乞われて、名古屋に通い、大阪で語り合ううちに、これではいけないという仲間の真剣さが伝わり、にわか介護直面者に変身。我が身で考えたら、変えねばばらない、今の現をどう見直すか、まだまだ解決しなければならない事柄が多いことに驚きを禁じ得ない。特にホームを求めて戸惑う家族や、老後に備えて施設入居を決意する方にとってふさわしいホームとは???この切実たる願いや迷いにあたかも親切そうに答える紹介媒体・・・ここに他人とは言え日本の繁栄を支えた先輩方の老後さえも、寂しい様な、罰当たりな商慣行がまん延しているのである。


余り正義感ぶりはしないが、切実なホーム探しや高齢介護の世界を、もう少し正しく、明るく、まともに光を当てて見る・・・そうした向き合える情報誌を出したいという仲間が、支援いただく医療法人を核に集まって創刊した「創美:東海版」。重要なのは介護で中心となるヘルパーさんやケアマネージャーさんが使い勝手や役立つ情報がどうのるか?・・・

医療関係や公的関係機関などが見てどういう位置づけか?・・・まだまだお元気なシニア層が次のライフシーンにどう向き合うか?・・・などと考えたらきりはない。それだけ今の日本にとって重く、切ない、厳しい現実もあることは避けて通れない。いざ我が身にとって、どう役立てるものなのかを見つめつつのこれからだと思うが、まずはこれも創刊してみてからが勝負と腹をくくって名古屋で始まった。


入居紹介マージンが通例で、出入り業者の紹介すらマージンを求める媒体業者が大半の中、まともなホーム関係やケアマネージャーさんへは告知媒体が縁遠い存在でもあったという・・・。つまり媒体に掲載されるのは広告出稿ホームや企業だけ、マージン支払先こそが大きく掲載されるという、求める人主体でない運営形態。ここを変えようと創刊スタッフは燃えて取り組んできた。それは心ある官庁関係、大手企業運営ホームなどは無論、市井でじっくりと取り組むケアマネージャーさんやヘルパーさんへしっかり到達することで理解が大きく広がりつつあることで証明されそうである。


初デビュー日(=創刊初日)、表紙を飾るモデル自から、ある団体の主催会場でほやほやの冊子を配布。受け手が思わず冊子と本人を見比べて楽しい会話が始まったとのこと。介護関係者が明るい話題でなごむ世界観・・・どうやら初期の目論見は達せたようだ。地元では早々とテレビや中日新聞などのマス媒体で紹介が始まっている。反響も大きいようで、何よりこうした社会性のある媒体の趣旨が、名古屋市議会からも期待を寄せていただくという事実、すこし創刊の騒ぎが落ち着いた今だからこそ、しみじみと感じるこの頃である。

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