7秬鏘茵Ф綵の城巡り・・・まさに名城、縄張りの魅力にほとほと感服、人吉城。

●戦国期が終わるまで激戦史が多い九州には、徳川幕府開闢前後に名城が多く生まれている。しかしほとんど復興天守(=コンクリート製で歴史考証とは違う)。縄張りも破壊され市街地化が激しい中、人吉は田舎ということもあるが、まれにみる縄張りが残る名城。

 球磨川を前線の守りにし背後は、そり立つ河岸段丘を取り込んでの守りに、城マニアはそそられる。  

●広大な縄張りが、観光公園化してもほぼ残るのも稀有な存在。見どころは、観光写真で多く使われる、球磨川に沿った石垣と多門櫓、長塀。たったこれだけでここまで魅入られる城は少ないのではないだろうか?侍屋敷を広く取り組んでの縄張りに対して、球磨川の対岸は、商業地や農民の家々が連なっている、わかりやすい区分である。

しかも相良氏が地頭として現地へ派遣されてから、約800年統治され拠点が変わっていないことにも感嘆!それだけに恵まれた立地だということである。

●資料館も立派で、相良氏の治世や城の変遷、人吉の歴史まで、丁寧かつハイレベルに説明されている。優れた城下町にはこうした立派な歴史資料館が多い。今回は城数を巡る旅だったが、藩の規模にかかわらず立派な歴史資料館が多かったと思う。また人吉は歴史的なポイントも市内に点在し、じっくり回れる城下町である。

 

●明治維新後、鹿児島藩の学徒と不平浪人の騒動に端を発した西南の役でも、人吉藩は西郷隆盛軍の拠点として政府軍と激しく戦をしている。球磨川を挟んで城側が西郷軍、商業地側が政府軍となり、藩士兄弟でも二手に離別しての戦いでもあったようだ。

西南の役では熊本城での攻防、田原坂の激戦、城山での最終戦が良く知られるが、人吉も大きく歴史をとどめている。

  • 2019.10.10 Thursday
  • 10:15
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