瀬戸内海ロマン・・・潮風に癒されつつも、歴史は熱いなぁ。

●職場ストレスは、海に行こう・・・。

以前から危惧していたが、かなり頻繁にストレスを抱え込んでダメージを受けた息子が急きょ帰省。仕事の一段落がついたこととストレス性皮膚炎を発症し、これはまずいなぁと一緒に海を望み、潮風に浸りに行った次第。海水は優しく、快晴の日で何とか気分も癒されたかと。場所はしまなみ海道の今治側で実家とも近いので選んだが、結果としては随分回復した感もあり、良かったかと。

★しまなみ海道は、今や自転車ファンのメッカというだけのことはあり、本当に多くのロードバイクを楽しむ人であふれていた。

 

 

●癒されながらも、ついつい歴史浪漫にも・・・。

行った場所は、戦国期に名をはせた村上水軍の拠点。尾道側は因島村上水軍、本拠地は能島村上水軍、今治側は来る島村上水軍の3軍となるが、見どころは能島の本拠地。今治市立村上水軍資料館が立派だ。

しまなみ海道の高速道から各島へ降り、それぞれの浜辺や海の景観に浸り、「やはり瀬戸内の出身者は、疲れたら海を見るに限るなぁと・・・えぇ観音寺も海に面してないかい?!」それはそれだが、地元ではなんとなく癒され感が弱い。また癒されつつも熱い思いも必要??で戦国期、華々しい活躍をした水軍本拠地の歴史を見ることも、活力になるかと。

 

 

 

●ひとまず能島村上水軍の拠点へ。

3軍の中心であった能島水軍は、多島美を誇る芸予海峡の中心に位置し、潮流の変化が激しく、しかも狭い危険なところに島まるごとを砦化して勢力を誇った。中世初期は海賊ながら、鎌倉〜室町〜戦国期は豪族として名を馳せる。

特に歴史に大きく名を挙げた、織田信長と石山本願寺の戦の物資補給部隊として、また毛利軍と陶軍の厳島合戦の援軍として、秀吉の小田原合戦の海上封鎖、朝鮮征伐の海軍部隊など枚挙にいとまはない。

 

歴史資料館は立派な施設で、その本拠地である能島を望む至近距離に立つ。能島は国の史跡に認定され、春の桜の時以外は入島できない。望遠カメラで望めば、往時をしのぶ全島の要塞化がうかがえ、なんともワクワクする。歴史を丹念に追いかけ、多数の遺物もそろえ、よくわかる資料館である。立地する大島もまた雛ながら、穏やかで良き島でもある。

 

 

 

●目指したのは独立型の海上共和国。然し鎖国と共に分散。

村上水軍も因島・能島水軍は、江戸時代には毛利水軍へ吸収され船手奉行に。投手一族は尾案字瀬戸内の周防大島へ移住に。来島水軍は豊後の小藩へと。最盛期は11万石という石高(=実質、瀬戸内航海の通行税収はその数倍に及んだとか)=それが時の権力者:秀吉に没収される形となり、やがて徳川幕府の天領化などで・・・独立した共和国は夢で終わったが。

 

同じく戦国期まで水軍で名を競った紀州の九鬼水軍も、江戸時代は綾部(=京都府内)と三田(=兵庫県内)に分封され、水軍が不要な藩となった。まさしく鎖国政策により海外への発展を禁じられた結果である。

ただ九州の松浦家は自領に商館を構え、海外交易と共に水軍が生き残ったが、島原の乱後は海外交易が長崎:出島だけに認められることで、これもまた水軍が弱体化した。・・・水軍という地方領主のアイデンティティが脆くも崩れた時代の節目でもあった。

 

 

 

 

 

  • 2017.07.18 Tuesday
  • 09:38
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