ついでですみません、西大寺へ!!

裸祭で有名な西大寺へ。正式名称は「真言宗高野派別格本山 西大寺観音院」で、千手観音が本尊である。

香川県の西エリアで育った私には隣町の真言宗善通寺派総本山の善通寺の裸祭(会陽)がなじみで、全国に果たしていくつあるのかも関心がなかった。ただ瀬戸内海をはさみ対面である岡山が今のように身近(=事務所の設置)になると、この西大寺の裸祭も知りつつも足を運ぶことはなかった。今回、長男を名古屋へ送る電車待ちの都合で、一目見ておこうと思いつき、地元の方には失礼ながらの訪問であった。

 

 

●全国では約70ほどの裸祭が。しかし岡山県だけが約10ほどの裸祭がある不思議さ。

善通寺の裸祭は四国では唯一。然し岡山県では様々に約10カ所も開催しているので、全国では突出した裸祭県だ。善通寺も西大寺も真言宗。天台宗と並び、権力志向の真言宗であり、かつ観音院でありながらの裸祭(=会陽)とはなかなかに面白い歴史変遷であるなぁと感心至極。

創基は約1300年前頃、安芸から流れてきた藤原指足姫が千手観音を祀ったことが起源とか。777年に安隆上人により隆々たる堂宇を構築され、のち後鳥羽上皇により「西大寺(旧称:犀戴寺)」と名付け直されたそうな。観音院で裸祭?!あまた権威主義的な真言宗の中では随分と柔らかい・・・理解を超えているなぁと。

 

●吉井川河岸に沿った寺領は、まさに水運・陸運で栄えた町のシンボルとして。

岡山の3大河川:吉井川の下流域で堂宇を広げて信仰を集めてきた西大寺。現在は商店街と堤防の道に挟まれこじんまりとした感は否めないが、1つ1つの建物は歴史的な価値のあるものばかりで見応えはある。正直、建物が雑然と並ぶ感覚は否めない=普通は伽藍はもう少し並び方が整然としているのだが。

しかしそれはマイナスイメージではなく、見事に地域の民衆生活や宗教心に溶け込めているという良いイメージである。比べ方が変かもしれないが、「フーテンの寅さんで有名は帝釈天」へ行ったときのような感じか???参道も堂宇も文化財的ながら、なぜか人に温かい=権威主義ではない・・・そういう世界観を感じた次第。

 

 

●初詣客が多いので駆け足ながら、ところどころに面白いものが。

裸祭での行の1つにみそぎをするための池がある。竜宮城的な楼門の奥が小さな池となり、裸祭の参加者はここでみそぎをする。この楼門の扁額に「龍鐘楼」とあるが、何と頼山陽の文字であった。建物も上層部が木造で下層部が石造りの2層構造で、全国の楼門ではほぼ見られない珍しいもので大変希少価値があるそうな。

 

最後の落ちであるが裸祭見物のための観客席が常設されている。さぁ何人が座り見れるかわからないが、これもまた驚きである。サービス精神でもあるが観光っ気が目立ち、功徳もあったものか?と批判ではないが首をかしげるところである。・・・相変わらず長くなった。

これで終わるが古色然としつつも、1つ1つが珠玉のような、しかもコンパクトで街の生活に溶け込んだ名刹。裸祭だけではなく、何気にに立ち寄り拝観するのは大賛成である。合掌

  • 2017.07.18 Tuesday
  • 10:30
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