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ブル中野という生き方(前編)
 今回もまたまたマニアックなお題目、しかも長くなるため、2回に分けて書き込みたい。というわけで今回はその前編ということで了承いただきたい。

さて、ブル中野といっても分る人がどれだけいるんだろうか。ブル中野、本名は中野恵子。1980年代に活躍した女子プロレスラーである。僕がブル中野に特に興味を持ったのは、プロレス雑誌でのとあるインタビュー記事がきっかけだった。そのインタビューでの彼女の発言に、僕は非常に感銘を受けた。その内容に入る前に、ブル中野の経歴と女子プロレス界の当時の流れを合わせて説明したい。


ブル中野(以下ブル)は1968年生まれ。アントニオ猪木をテレビで観たのがきっかけでプロレス好きになる。そして中学卒業と同時に全日本女子プロレスに入団する。当時、日本では女子プロレスの団体は唯一、全日本女子プロレスだけだったから、女子プロレスラーになるためには、全日本女子プロレスに入団するしか無かった。その頃の全日本女子プロレスは、勧善懲悪スタイルが基本。いわゆる善玉レスラー(ベビーフェースと呼ぶ、以下ベビー)と悪役レスラー(ヒールと呼ぶ)とが登場し、ヒールは凶器攻撃や場外乱闘といった反則攻撃でベビーを痛めつける。ベビーはじっと耐えながら、隙を見つけて反撃に転じ、クリーンなプロレス技で勝利する。といったお決まりのストーリーだ。だから、全日本女子プロレスでは、入団した新人が一応の基礎練習を終えてデビューする頃に、新人の所属をベビーかヒールかに振分ける。ブルはアントニオ猪木に憧れ、全日本女子プロレスではベビーのトップスター、長与千種に憧れていた。長与はシャープでボーイッシュなルックス、空手やテコンドーを取り入れた華麗でダイナミックなファイトスタイルで、絶大な人気を誇っていた。新人選手が憧れるのも当然の存在だったのだ。

ところが、ブルが新人の中では比較的大柄な体格をしていたこともあって、全日本女子プロレス首脳陣はブルにヒールを命じる。ブルはショックを受けるが、会社の命令は絶対だし、日本で唯一の女子プロレスの団体に逆らうことは、女子プロレスラーへの道が閉ざされてしまうことでもある。ブルは泣く泣く、ヒールとして女子プロレスラーとしてのスタートを切ることになるのである。


当時、全日本女子プロレスのヒールレスラー軍団には「極悪同盟」というチーム名が付けられ、そのリーダーはダンプ松本(以下ダンプ)という選手だった。ブルはそのダンプの下、極悪同盟のナンバー2として売り出されることになった。当時、ダンプは極悪同盟としての合同練習でも、いわゆるプロレス技の練習はほとんどしなかったらしい。それはある意味当然のことだ。観客はヒールにプロレスのテクニックなど求めてはいない。いかに怖く、憎たらしい存在であるか、それが役目なのだ。ヒールが正統なプロレス技を使えば、逆にベビーの存在意義が無くなる。華麗で高度なプロレス技はベビーが使うべき役目なのだ。だからダンプが指揮を取っての練習はいかにインパクトのある凶器攻撃を見せるか、2人がかりの攻撃やルールでは認められていないセコンド陣の乱入などのタイミング、といった反則行為の練習が主な内容だった。

しかし、当時ブルの後輩として極悪同盟に入ってきた新人選手、アジャコングはこんな発言をしている。

「そんな中でも、一人黙々とプロレス技の練習をしていたのが中野さんでした。ヒールであってもプロレス技が正統に評価される時代が必ず来るから、といつも言っていました」

会社の命令でヒールにはなったが、旧態然としたヒール役に甘んじるつもりは無い。ベビーであろうと、ヒールであろうと、プロレスラーとしての技術が評価される時代を自分が創ってみせる、ブルは秘かにそう決意していたのだ。だから極悪同盟としての合同練習の後も、独自にプロレス技の練習を続けていたのだ。

その甲斐もあり、ブルは高度なブリッジを必要とするスープレックス系などの難易度の高い技をマスターし、試合でも披露した。だからブルの当時の評価は「ヒールながら技の切れるテクニシャン」。しかし当然ながらその分、ヒールとしての存在感は薄くなる。ブルがそんなファイトスタイルを続けられたのは、ダンプ松本の存在が大きかった。何しろダンプの存在感は圧倒的だ。ブルは極悪同盟のナンバー2としてダンプとタッグを組むことが多かったが、ヒールとしての役目はほとんどダンプが担っていたし、観客の注目もダンプに集まる。だからブルはその分、ヒールとしては本来御法度の正統なプロレス技を自由に繰り出すことが出来たのだ。


しかし、1988年、ブルが20歳を迎えようとする頃、女子プロレス界が大きく変化する。長与千種他、主力スターが次々と引退を発表、ついにはダンプ松本も引退を発表したのだ。実はダンプ引退の裏には彼女自身の芸能界移籍の事情があった。

ダンプはその独特のキャラクターを買われて、テレビのバラエティ番組によく出演していた。とりあえずは悪役レスラーだから、竹刀で若手芸人を追いかけ回したり、といった役どころが主だったのだが、その芸達者ぶりと、意外に愛嬌のある素顔に芸能プロダクションが目を付け、本格的な芸能界移籍を誘ってきたのだ。ブルもまた、ダンプの子分的な役割で一緒にテレビに出ることもあった。芸能プロとすれば、二人をセットで売り出せばよりインパクトがあると考えたのだろう、ダンプを通してブルにも芸能プロダクション移籍を打診してきた。ダンプはブルに女子プロレスを辞めて一緒に芸能界へ行こう、と誘いをかける。

芸能プロに所属すれば歌手デビューも出来るし、テレビにももっと多く出演できる。有名スターやアイドルとも仲良くなれるし、女優としてドラマや映画への進出も夢ではない。しかも芸能プロが提示して来たギャラは女子プロレスとしてのそれをはるかに上回る高額なものだった。一年中ハードな巡業とトレーニングに追われ、世間からはすぐ八百長と罵られ、ギャラも安い。常にケガとは隣り合わせ、いつまで続けられるかどうかも分らない。引退後の保証など何も無い。そんな過酷な女子プロレスに比べれば、芸能界入りは夢のようなチャンスに違い無かった。しかし、ブルはその誘いを丁重に断った。

自分はプロレスをやりたくて女子プロレスラーになった。自分の目標はベビー、ヒール、関係なく、プロレスラーとしての技量が評価される時代を創ることであり、華やかな芸能界でスポットライトを浴びることでは無い。ダンプさんにとって女子プロレスは、自分が有名になるための手段だったのかも知れないが、私は違う。私からプロレスを取ったら何も残らない。

「本当にいいんだね、後悔するよ」ダンプはこう言い残すと、女子プロレスから去っていった。


しかし、その後、女子プロレスに残ったブルにさらなる試練が襲いかかる。相次ぐ主力選手の引退で、女子プロレス人気が急激に下降していったのである。観客数が激減し、試合数、テレビ中継が減ってゆく。ギャラも少なくなり、日々の生活も苦しくなる。しかしブルにとってそれ以上に苦しかったのは、自分のプロレススタイルを変えざるを得なくなったことだった。

ダンプが抜けた後、ブルは自動的に極悪同盟のナンバー1という存在になった。ヒール軍団のトップレスラーとして、今までのように、ダンプの影に隠れるようにして、正統派のプロレス技を絡めた自分のやりたいスタイルを続けることは許されないのだ。ヒールは常に大きくて、怖くて、無法な反則行為を繰り返してベビーを痛めつける憎まれ役を演じ、試合会場を盛り上げなければならない。入場時に生卵をぶつけられ、ファンレターと称してカミソリの刃が送られて来たり、ダンプに至っては興奮したファンが実家へ押し掛け、窓ガラスを割られたりしたこともあったという。もちろん、そこまでになればヒールとしては逆に立派な勲章なのだが、ヒールであろうとプロレスラーとしての評価を得られる時代を模索するブルにとっては屈辱以外の何者でも無かった。しかし、女子プロレス人気の下降に歯止めが利かなくなった今、自分の理想とは違っていても、ヒールとしての役割を演じなければならないのだ。

最初に述べたブルのインタビューはちょうどその頃、プロレス雑誌に掲載されたものだった。その中でブルは、今のスタイルが決して自分の望んでいるものでは無いこと、しかし女子プロレスの灯を守るためには仕方がないことを語っていた。またいつの日か女子プロレス人気が再び盛り上がって来たら、自分のやりたいスタイルが出来るんですけどね、と最後はそう締めくくられていた。

プロレスラーであろうとも、組織に所属しているということでは、普通のサラリーマンと基本的には変わらない。20歳を過ぎたばかりの女の子が、女子プロレスの現状を背負わされ、それでも逃げることなく、腐ることなく、本意ではないプロレスを続けながらもいつか自分の目標が叶う日が来ることを信じている。自分の思い通りにいかなくなった時、人はすぐに組織や環境のせいにしてしまう。愚痴をこぼしたり、不貞腐れたり、文句ばかりを言ってしまうものだ。信念を貫くことは大切だ。しかし、そのためには、信念を一時、胸の中にしまい込まなければならないとこもある。それでも決してあきらめず、胸の中で炎を燃やし続けられてこそが本当に強い信念なのだ。インタビューの端々から伝わって来るブルの内面の強さに僕は深い感銘を受けた。

確かにその頃、女子プロレス人気はどん底だったと記憶している。ブルの信じる女子プロレス人気が再び盛り上がる時代が来るなど、にわかには信じることはできなかった。女子プロレスラーの寿命は決して長くはない。もしかしたらブルの願いが叶うことなく、彼女の女子プロレス人生は終わってしまうのかも知れない。そう思うと切なかった。僕はブル中野のファンでも女子プロレスのファンでも無かったが、もう一度女子プロレス人気が復興し、ブルの願いが叶う日が来ることを願わずにはいられなかった。

そして苦悩の中にありながら、ブルの女子プロレスに賭ける信念はやがて時代を大きく変えてゆくことになる。(以下、次回へ)

  • 2020.02.08 Saturday
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