• 2020.02.08 Saturday
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1984年「ぴあ」で過ごしたときのこと〜後編
 前回のブログで僕が東京に住んでいた24歳の頃に、首都圏での情報誌「ぴあ」で働いていた頃のお話しをさせてもらった。ということで今回はその続き。


さて、僕が所属していたコンサート班で扱う情報の中には当然、プロのミュージシャンが行うものもある。それらはアマチュアコンサートのように主催者側から掲載希望の封書が届くのではなく、コンサートを扱うプロモーターから情報提供を受ける。プロモーターというのはコンサートを取り仕切るイベント会社で、中四国で言えば夢番地やデュークといったところが有名だ。当然のことながら首都圏のその数は地方に比べてはるかに多い。それをコンサート班の各メンバーに割り振り、それぞれの担当プロモーターを決めていた。メンバーは担当するプロモーターと連絡を取り合いながら情報の受け取り、確認を行う。

大御所のミュージシャンを多く扱う、流行のミュージシャンがメイン、あるいは演歌系が多い、とか、プロモーターにはそれぞれ得意分野のようなものがあった。コンサート班のメンバーに人気があったのは当然、流行のロック、ポップス系を扱うプロモーター。メンバーは多かれ少なかれ、音楽、コンサートに興味があって応募してきているし、特に最新のコンサート情報を扱うというところに「ぴあ」でのアルバイトのステイタスを感じている連中だ。前回も書いたように、編集作業そのものは地味なものだったけれど、ネットの無い時代、人気のコンサートの、しかも重要な前売情報に関われるというのが「ぴあ」コンサート班の仕事の魅力であり、喜びでもあった。


しかしながら、人気の高いコンサートを扱うプロモーターの情報は一筋縄ではいかない。プロモーターがギリギリまで情報を出したがらないケースや、詳細がコロコロと変わることも多かった。となると常に変更に振り回されることになるし、また発売日に売り切れなんていうコンサートはその見極めが難しい。

というのも最終版下を印刷会社に渡して、本が店頭に並ぶまでは土日を入れて5日間のインターバルがある。当然、印刷、製本という工程があるからだ。例えばその5日間の内に前売券が発売されるコンサートがあるとする。しかし、即日にソールドアウト(売り切れ)となると、本が出るときには既にその情報は「死んだ」情報になる。前売情報が掲載できるページ数は限られているから、「死んだ」情報は事前になるべく予測して削除したい。もちろん最終的な掲載の判断については僕たちアルバイトメンバーを管轄する「ぴあ」社員の人が決定するわけだけれど、そのミュージシャンの旬の人気度や勢いについては、僕たちアルバイトメンバーの方が詳しかったりすることもある。


こんなことがあった。デビューしたばかりのアイドル歌手のデビューコンサートの情報が入った。発売日は運悪く、例のインターバルの期間中。そのアイドル歌手は岡田有希子さん。場所は渋谷公会堂、キャパは約2000人。デビューしたばかりのアイドルに即日ソールドアウトは無いんじゃないか、メンバーは皆そう思ったが、アイドル歌手に詳しい小池さん(彼の本名は堀越準という芸能人ばりのカッコいい名前だったが、風貌がオバケのQ太郎に登場するラーメンが大好きな小池さんというキャラクターにそっくりだったから、僕たちはそう呼んでいた)が反論した。岡田有希子はポスト松田聖子(当時は文句なくNo1アイドル)の最右翼で、アイドル好きの最大注目株、2000人のキャパなどソールドアウト間違いなしだという。最終的は多数決みたいになって情報は掲載されたのだが、小池さんの予測通り、即日ソールドアウト。さすが恐るべしアイドル評論家、と一同小池さんの眼力に敬服してしまった。

余談ながら、岡田有希子さん、そのわずか2年後の1986年4月、人気絶頂の中、自殺にてこの世を去ってしまった。それも所属事務所のビルの屋上から飛び降りるというショッキングな自殺。理由として恋愛話のもつれ説が浮上、多くの大物男性俳優の名前が取沙汰されたが、今もって真相は闇の中だ。


というわけで、流行のロック、ポップス系のプロモーターの担当は仕事としては大変なのだが、逆に刺激が多く、それも含めて仕事の面白さでもあるから、メンバーには人気があった。僕はメンバーの中でも年長者だったし、そこまでこだわりも無かったから、残り物でいいか、と思っていたら、結局クラシックコンサートの担当をすることになった。新日本フィルハーモニー交響楽団や、NHK交響楽団とかのいわゆるオーケストラ(楽団)が行うコンサートだ。クラシックコンサートの場合、プロモーターというのは介在していなくて、それぞれの楽団の広報部から情報が発信される。

クラシックのコンサートは、ロック、ポップス系に比べると前売情報が「荒れる」ことはほとんど無い。即日にソールドアウトなんていうこともまず無かったし、日程もかなり前から確定していることが多い。送られて来る情報さえきちんと確認して掲載していれば作業的には随分とラクだったのだ。加えて「ぴあ」の読者は10代から20代が中心、熱心なクラシック好きの比率は低い。だから楽団側も告知媒体として、さほど重要視していなかったように思う。他のメンバーは情報確認、取材と称してよくプロモーターに出向くことも多かったが(もちろん、好きでやってる部分が大きいが)クラシックの場合、封書で送られて来るチラシの確認だけでことが十分足りていた。今思えばその分、確かに気のゆるみもあった。


あるときA楽団(名前は忘れてしまった、確かメジャーな楽団だったと思う)からコンサートのチラシが届いた。内容を電話で確認し、前売告知用の掲載原稿を作成した。すると第2週、またA楽団より封書が届いた。中を開けると同じチラシが入っている。日時、場所も同じだ。そのとき僕は他の作業で忙しかったこともあり、楽団側がつい間違えて同じものを送ってきたんだろうと判断してしまった。というのも同じチラシが送られてきたことは過去にもあったし、どうせ楽団も「ぴあ」の読者層には関心が薄い。軽く見られているからこその単なる事務的な間違いなんだろう、という思い込みがあったのだ。僕はそのままチラシをレターケースに放り込み、他の作業を続けた。

翌週、完成した本が出来上がってくる日、僕は直接の上司になる「ぴあ」社員のMさんに呼ばれた。実はA楽団からクレームが入っているという。指揮者の名前が違って掲載されているというのだ。プロモーター関連には発売日より前に完成した本が届けられる。そこで間違いが見つかったらしいのだ。


「そんなことは無い」僕は耳を疑った。前回も書いたように「ぴあ」の原稿チェックは徹底している。目視に加えて読み合わせまで行うのだ。指揮者の名前の間違いなど、普通に考えてあり得る訳は無い。となると考えられるのはひとつ、元情報が既に間違っていたということだ。掲載原稿に添付された元情報そのものが違っていれば、もちろん何度校正しようと意味が無い。2度目に送られて来たあのチラシだ。デザインもレイアウトも見た目はほとんど同じ、コンサートの名称も、日付も場所も同じ。しかし、指揮者の顔写真(そう大きくは無かったと記憶している)と名前が違っていた。最初のチラシの後、何らかの事情で指揮者が変更になったのだ。それで2回目にそのチラシが送られて来た。ところが見た目がほとんど同じだったこと、日付や場所などの重要項目に変更が無かったことで以前のものとの照合をしていなかった。その封書の中に、指揮者の変更を伝える文書があったかどうか、今となっては記憶は無い。それよりも何よりも「ぴあ」の基本方針である「送られて来た情報については必ず内容を電話確認すること」を完全に怠っていた。A楽団にしてみれば、正しい情報を送ったことは事実だし、こちらとしては言い逃れはできそうにない。

演奏される楽曲、指揮者が誰か、はクラシックコンサートの選択基準を大きく左右する。それによって前売券の売行きも変わってくる。主催者からすればコンサートが成功するかどうかの鍵を握る重要な問題なのだ。A楽団が厳しくクレームを入れてくるのは当然のことだ。でも「ぴあ」は隔週発行、つまり2週間は間違えたままの情報が世に出ている状態になる。ことの重大さに僕はただ呆然とするしか無かった。


しかし立場がアルバイトということあっただろう、僕が直接お叱りを受けることは無かった。社員のMさんは恐らく会社の方からきつく叱責されたとは思う。A楽団の方も「ぴあ」の読者層がメインで無いこともあって、過度の責任追及はしてこなかったようだった。

だからといって気がラクになった訳ではなかった。正確であることが売り物の情報誌に間違いがあること、それも自分の責任であることは動かしようが無い。Mさんに大きな迷惑をかけてしまったことも心苦しいことだった。僕はコンサート班の年長者だったこともあり、自然とメンバーのとりまとめ役のような立場になっていた。メンバーは皆若い。学生もいる。その若さがパワーになることもあるけれど、どうしてもなあなあになってしまうこともある。そんなときはメンバーとは一線引いてしまわなければならないこともあった。そのために一部メンバーと冷戦状態になってしまったこともある。僕は上京前に若干の社会人経験があり、アルバイトだから、マスコミ業界だからといった甘えた気分になるのはイヤだった。もちろん、僕自身のコミュニケーションの計り方のマズさもあった。

Mさんはそんな僕を随分と信頼してくれた。「困ったことは無いか?」「作業は順調?」とことあるごとに声をかけてくれ、全体が緩みがちなときも僕にまず相談してくれたりしていた。僕のミスは、Mさんの顔に泥を塗るような結果になってしまったのだ。それを考えると正直かなり落ち込んだ。


ミスの原因はもちろん僕の思い込みによる基本の確認不足なのだが、ジャンルに対する認識の甘さもあった。クラシックのコンサートにおける指揮者の重要度だ。もちろん、情報として重要項目であること、間違いが許されないことは分かっていた。しかし、同じ楽団、同じ演奏者、同じ楽曲であっても、指揮者が変われば曲調もテンポも変わり、まったく違うイメージのコンサートになる。その違いは、ロックバンドに例えればボーカリストが変わるに等しいということについて僕は悲しいかな、知識も認識も無かった。クラシックのコンサートなんて昔からある曲を演奏するだけだから誰がやっても同じ、レコードを聴いていればいいんじゃないか、などとクラシック愛好家の人が聞けば殺されそうなことを平気で思っていたのだからどうしようも無い。

極端な話、サザンオールスターズのコンサートのチラシ、桑田佳祐が別人の写真になっていたら気づかない筈は無い。逆にサザンなどに何の興味も関心も無い人なら見過ごすことになるだろう。今で言えばAKB48のセンターに誰がいても同じに見える人もいれば、好きなメンバーがセンターになれるよう大金を注ぎ込む人にとっては大問題に違いない。つまり僕にクラシック音楽への意識の高さのひとかけらでもあったなら、この見逃しは無かったのではないかと思うのだ。

といくら後悔したところで既に本は書店に並ぶ訳だし、泣こうが笑おうが間違いを直すことは出来ない。結局次号においてお詫び文を載せることで話はついた。最終ページ、編集後記の横に入る「お詫びと訂正」だ。小さな文字で2〜3行、読者のほとんどが気づくことはないだろう。しかし、僕にとっては他のどのページよりも大きく重い「お詫びと訂正」になってしまった。今でもテレビとかでクラシックコンサートの告知CMとかを見ると、ついそのときのことを思い出す。


前回にも書いたように、この7月で印刷物としての「ぴあ」の歴史は終わる。スタートが1972年だからほぼ40年、どれだけの号数が世に出たのかは知らないけれど、1984年発行のどこかの号には間違いなく僕の責任による「お詫び文」が記されている。そしてそれは今まで四半世紀に及ぶことになる僕の印刷物関連の仕事の中で起した初めてのミスになった。

勝手な思い込みに流されてはいけない。どんなジャンルであっても、関わる以上は最低限の知識と関心を持たなければならない。そして印刷物のミスは起してしまった後では取り返しがつかない。初めてのミスから多くのことを学んだつもりではあったけれど、もちろんその後も多くのミスを繰り返してきた。反省だけならサルでもできるわけで、この四半世紀、何を学んでいたのやら、と思うと我ながら情けないけれどね。


さて、2回に渡って書いて来た「ぴあ」でのお話。前回は少々クサいかなと思って使わなかったけれど、一言でいうなら僕とっても「青春」時代だったのかな〜という印象だ。失敗も喜びもそれなりにあったし、いい思いもイヤな思いもした。僕を取り巻く連中とのエピソードもいろいろあった。そんな話の数々はいずれ何かのときに書き込んでみたい。


  • 2020.02.08 Saturday
  • 18:53
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