雛の町にも千金に値する人財が生み出される=杉原千畝氏の記念館へ。

●偶然というと申し訳ないが「杉原千畝記念館」へ・・・そこは山深い雛の村。

 

紅葉を久しぶりに見れた帰り道、何気なくマップに記載された「人道の丘公園」と「杉原千畝記念館」の文字にびっくり。第二次世界大戦の折、ナチス:ヒットラーのユダヤ人虐殺につながる暴虐の始まりに、外交官として国の命令を拒み多くのユダヤ人に渡航ビザを発行した決断が世界から称賛された、その人の記念館である。

まさかこのような鄙びたところの出身者とは??・・・ところは岐阜県加茂郡八百津(やおつ)町である。

 

 

 

●杉原千畝の功績を知らない人は少ないはず!・・・敗戦国:日本においても世界に誇る功績が光る!

 

彼の功績はもうすでに幾度もメディアに特集され、文献とされて十分すぎるくらい認知はあるはず。しかし出身地だったり、国の命令違反で発給したその行為は、戦後には外交官資格をはく奪されたり、リトアニアからロシアに転勤されたことでスパイとさえ疑われる始末。商社勤務としてひっそりと、また真摯に生きた杉原千畝氏は、決してその貢献を誇示することはなかった。30年近くの時が流れ、当時ビザ発給で生き延びたユダヤ人がようやく彼を探し出し、再会を果たすこととなる。

 

 

 

●加茂郡八百津町は本当に山深いが、多くの外国人がここを訪ねる・・・果たして日本人は?

 

地図で見かけ早速寄り道で現地へ。木をふんだんにあしらいつつデザイン面でも洗練された建物であり、一目でわかる。一帯は「人道の丘公園」として開放的な自然公園となっている。ブログでは携帯電話の電池切れが不安で撮影写真はない。しかし添付のパンフレット画像で想像していただければ嬉しい。

わざわざ行くこともないか???・・・などと言わずに、多くの外国人=ひょっとしたらユダヤ系の方が中心かも?が、ここまで足を伸ばしてくれることがすごいことだと。小さな建物ではあるが、大変丁寧に解説され、彼の功績や彼に感謝するユダヤ人の方のメッセージが生々しく伝わる、凛とした空間である。本当に彼が日本人でよかったと思う。

 

 

 

●地方からの人材が国を思う人財か???・・・衰退する地方が人財を生まねばどうするのか?

 

江戸時代には国学者で優れた人は、ほとんど地方の藩や天領で私塾を開いた。維新の立役者など、藩士の下に位置付けられた郷士の反乱的な革命とも言えなくはない。しかし維新後の明治の国づくりにおいては、理知や哲学を得た人材が地方から輩出され、また秀逸である。

今や偏差値教育により、都会の塾は私学における受験テクニックで成果を上げ、地方の学生を吸い上げ、また落伍させる。そうした学生時代がトラウマになり、東京集中という現象が地方衰退につながり目を覆うがごとくである。

いやはや明治維新が素晴らしい事ではないが、地方の自力とは教育にあるのだと思うと、今の都心の進学熱と大学の偏重具合は、こうした良き日本人づくりに果たしてよい事なのか???

改めて自然との共生による社会への視点、情報やコンテンツが不足した環境だからこそ本質を見抜ける知恵が醸成されるのではと。・・・田舎の若者よ!!人を知らずして、漫然と過ごしていないか??

 

杉原千畝記念館を後にしつつ、ノーベル賞受賞の大村智博士のような、後進国の風土病などの改善に貢献し、大きな業績を重ねつつ、さらに芸術を愛せる(=個人美術館を設立)のような人も、また地方ゆえに生まれた逸材である。思わず業績は違うが、杉原千畝氏と大村博士を重ねて思った次第。合掌

数年ぶりの紅葉散策「岐阜県美濃市の大矢田神社」にて。

●紅葉の散策などいつしか忘れて!運よく今年は堪能。

 

皆さんも岐阜県が紅葉の名所であろうことは想像がつくと思います。まさに県内いたるところ・・・その中で偶然知ったのが美濃市の大矢田神社。古刹にふさわしい雛びた神社ながら味わい深いところ。

元は第7代までさかのぼり、孝霊天皇のときに建立された郷社ではある。また700年ごろは泰澄大師により禅定寺も開基されている。明治まではこうした修験場的なところは神社もお寺も両立していた。大矢田神社はそういう不可思議な面白さと風雅がある。

 

 

 

●今も堂宇と神殿が両立する珍しいところ。

 

郷社と侮るなかれ、古い寺跡とみくびるな!!である。深山幽谷的な周りは広大な山に囲まれ、約3000本もの”ヤマモミジ”が群生している。紅葉は、黄色〜茶色のグラデーションが多い中、常緑の樹々とともに、紅葉の赤がアクセントとなってこそ美しさも倍増する。

まさに絵にかいたような境内は紅葉の点在した美しさと古刹としての堂宇や社殿が、盆栽画のような趣で我々を迎えてくれる。

また神社までの道のりは、美濃市が”もみじの町づくり”という事で、街路樹の多くが紅葉で、これも神社に至るまでの高揚感を演出。

 

いやはや日々何となく追われ、都会でしか仕事がないような生活に没している私には、プライベートのちょっとした野暮用のおかげで

何年振りかに紅葉を楽しめた。しかも岐阜県は名所だらけで何より。もう8年前くらい???

観音寺商工会議所の旅行で、同じ岐阜県の恵那峡=少し紅葉が早かったや、日本平の紅葉=スキー場のリフトからのアルプスの眺めに酔ったことを思い出した。無論、人出はすごい・・・地元の交通整理の小父さん達が、連日の出っ張りか?かなりお疲れ気味。

同情しつつも、地方は変な箱モノやイベントではなく、自然の力を計画的に練り挙げれば、数十年後には多くの人を呼び込めること再認識してほしいものだ。合掌

「あぁ、三州瓦の本拠地・聖地へきてしまった!」事前準備もせずに。

●全国の60数%を占める三州瓦、その聖地は高浜市だったのか?

 

駆け足もいいところで、半田市〜西尾市〜高浜市を通りすぎた感は、反省大だが。特に城跡・史跡後巡り〜美術館・博物館巡り、郷土祭り巡りに執着する私には、この地を駆け足で抜けるのは残念至極。と、言っていい格好をつけても実は、三州瓦の大生産拠点だったことを忘れて、あまりに立派な「かわら美術館」を道沿いに発見して慌てて立ち寄った次第・・・馬脚を現している。

 

 

●高浜市やきものの里「かわら美術館」地場産業の誇りであろう!

 

実は愛知県はやきものの産地で名だたる窯元や産地が列挙される。昨年は常滑市を走り、INAXさんの「世界のタイル博物館」や周辺公園にも感服した。今回は偶然では失礼だが、過去10数年も「淡路瓦」のメーカー様複数社と取引をして、常に三州瓦のすごさは身に染みていた。しかし諸般事情で縁遠くなることで、通過するときも三州瓦の本拠地というイメージが忘れ去られていたのだから現金なものである。ただ最大手のメーカーは半田市にあるが、いわゆるこの南三河は全体でそういう産業基盤を有しているのである。

確かに西尾市へ向かう道すがら多くの瓦メーカーさんをやり過ごした。

 

 

●「かわら美術館」は企画展の入れ替え日で、常設の産業説明の観覧で!

 

まず威容を誇る美術館の外観=国道傍に立つため引きができないので存在感はわかりづらいが、一旦、公園側&観音寺側から臨めばその威容が飛び込んでくる。コンサートホールのような趣であろうか?

また公園は飯伏瓦のモニュメントや造作が点在し、ある意味、超小型のガウディの造形を醸す。10数年お世話になった淡路も、そこかしこの公園や公共物でこうした瓦の造形が目を引いている点では、さすがに同じく聖地であろう。

 

屋内を撮影できたので間に合わせな画像で申し訳にあが、懇切丁寧に産業としての瓦製造の成り立ちや現状をよく示している点は理解いただけようかと。それぞれのサンプルや解説も大変読みやすい、見やすい博物館であった。

ただ美術館を銘打っているので、3回の展示室を見ると、名古屋大学レゴ部さんの展示が・・・いかに風雅がテーマとはいえ、レゴにうるさい我々親子にはちょっと興醒めかなぁ???ましては不調とはいえ「レゴランド」がOPENした名古屋の意地にかけても、ここは東大レゴ部に迫る展示がほしかったなどと外野的な感想。

 

まずは、本当に現地には失礼なくらい早駆けのレポートでした。5年に一度の全山車がそろう半田祭りが来週とは・・・残念至極。

ただ歴史や文化、産業が多彩である南三河の魅力だけは忘れませんから。

 

 

 

 

 

「地元愛」がつたわる吉良の殿さまと領民の想い。

●西尾は元々”吉良ノ荘”と呼ばれていた。そう、あの吉良家の拠点である!

 

歴史の残酷さは勝者、または判官びいきによって物語られることだ。歴史に興味がない方でも江戸時代の「忠臣蔵」を知らない人はないと思われる。艱難辛苦の末、周到なまでの計画で主君:浅野内匠頭の無念を晴らした、赤穂浪人たちの仇討事件である。

仇討されたのは、元幕府の要職:”高家”を任じられていた吉良上野介義央(きらこうずのすけよしなか)だった。その事件の概要はここでは省く・・・時の将軍:綱吉の裁断があまりに一方的という事で、赤穂藩士らが浪人となって後、幕府に対する反省を迫ったこととなるのである。庶民はじめ多くの武家でも、その行動を”快挙”として讃えたがため、吉良家はすっかり敵役となり、そのいわれが今日まで吉良の殿さまの悪評となってきた。

現地に来るといかにその後の領民が、その評価に悔しい思いをしているかが垣間見れるところがあちこちに。上野介が仇討で死去し、嫡男:佐兵衛義周は、守り切れずに自らも負傷したことで、武士道に適わずと流罪に。その死去をもって、一旦、吉良家は断絶となる。

 

 

●約10年後には遠縁の吉良家から義俊を迎えて再興となり幕末まで続く。

 

西尾市が旧吉良ノ荘と呼ばれただけに、今も吉良の地名は残る。特に菩提寺である華蔵寺境内の吉良家の墓や、周辺の道路などは”吉良ストリート”として美観・再整備されている。また寺の門前の駐車場にも上野介殿様の善政や遺徳をたたえる銅像や石碑が・・・境内にもいたわしさを嘆いて慰めた歌碑、看板の説明も入念である。「赤馬の吉良様」として赤毛の馬に乗り領地を視察する姿も、シンボリックな彫刻として、吉良ストリート内の小公園に設置されている。

確かに菩提寺もつつましい穏やかさであり、再興された吉良家も世間をおもんばかってか?華美さはどこにもない。世間とは難しいものである。

 

 

●「忠臣蔵」は双方に痛み分け、その後のことは話題にならない。

 

世間=現代までの「忠臣蔵」ファンでも、存外と浪士の遺族たちのその後に関心がある人は少ない。当時は仇討(=子が親のために討ち果たすこと)ではなく襲撃事件であったこと。幕府も偏った裁断を反省しつつも、かなり遺族には厳しい沙汰を出した。

15歳以上の遺児は伊豆大島への遠島、以下の遺児は15歳を待って遠島。恩赦が出るのに20年近い歳月を要した。その間死去したものや、許されても恵まれた仕官が叶うなど難しい問題は残った。

 

 

●刃傷沙汰の原因は今も不明、諸説は多い。

 

浅野内匠頭のこらえ性の無さや吝嗇な姿勢が、賄賂が当たり前の時代に上野介翁への欝憤となった?・・・上野介翁の病気による偶発的な感情の行き違い?・・・書画鑑定や茶器、衆道説などさまざまである。1つ面白いのは、吉良家も塩田を持ちながら、赤穂ほどの良質な塩田でなかったので、その技術指導を望んだが断られた?であろうか。

※添付の写真は、その塩田の様子を示したものである。

 

歴史は勝者の記録でもあるが、本当に見極めようとするなら現地を見ることでもあろうか?しかし現地は判官びいきかもしれないし

不明点は多い。だから面白い・・・偏った一般論だけで判断してはならないことだけは言えよう。

★池宮彰一郎氏の「四十七人の刺客」が映画化された「最後の忠臣蔵」杉田成道監督・・・は、そういう面で視聴に値する著書で映画であろう。

※余談ながら女優の桜庭ななみがとても可憐だったことを思い起こす。今も三菱地所のCMで、いかんなく魅力を発揮しているが。

 

城下町”西尾”。譜代大名が継承した要の地勢。

●三河の小京都と呼ばれた風雅が香る「城下町:西尾」。

愛知県は本当に歴史の宝庫だ。特に戦国期〜江戸時代好きの私には、興味も尽きないが探訪しないといけないところだらけ。今回は時間がなく1時間以内で行ける西尾を選んだ。愚息のアドバイスでもあり彼は3度目だったが。

 

 

01:鎌倉期に足利義氏が築城した西条城が始まりとされる。

こののち江戸時代で有名になる吉良氏と改姓する。戦国期には家康軍団の譜代家臣が入れ替わりで拡充する。本格的な城としての完成は江戸初期、太田資宗〜井伊直之時代によるが、以降、明治までは大給松平が、6万石の城下町を継承していく重要拠点であった。

現在は復元された本丸丑寅櫓と、二の丸御門:鍮(ちゅう)石門が、木造で復元され、堀の遺構とともに城跡らしさを伝える。立派な資料館があり、内容も充実しながら入場料は無料といううれしいサービス。

※史跡内の旧近衛邸では西尾の名物:抹茶が味わえ、しかも希望によっては金茶碗での喫茶が叶う。

 

02:西尾市は由来も豊かで名物が多い。

三河の東は遠江、戦国期までの代表的大名・今川氏も実はこの西尾がルーツ。さらに江戸時代の忠臣蔵ですっかり悪役イメージとなった吉良氏もここがルーツで、鎌倉時代までは”吉良荘と呼ばれていた。江戸時代は東上する反幕府軍を阻止するための重要な役目を持ちつつ、風雅を嗜む文化的な城下町、それゆえに三河の小京都と呼ばれることに。

なんといっても”抹茶”?!えっ、日本茶って宇治や静岡で、さらに全国いたるところに銘茶がありはしないか・・・と誰しも思いがちだが、古来より風雅な領主をいただいた西尾は、抹茶が生産量日本一なのだ。

※国道と並行して茶畑が野菜畑のように広がる意外な風景。段丘にうねる茶畑のイメージが一般に強いが、まるで農地という感じ。

 

03:広い面積を誇る西尾市は、南域が海に面して風光明媚さが漂う。

歴史に彩られる伝統催事が多いのも小京都と呼ばれた所以。さらに現代では佐久島クルーズ、トンボロ干潟、いきものふれあいの里、尚古荘、各記念館など見所・遊び所は多い。何より隣接の碧南市、半田市、高浜市、蒲郡市、安城市、岡崎市など、多彩な町に囲まれている点も利点だ。自市以外の魅力に触れるにもアクセスが良いのだ。

※今回は走り訪問だが、西尾市を中心に何か所をブログにしてみた。四国の人間は案外と訪ねることがない町のような気がして。

 

 

●最後に。

西尾市は人口17万人という中規模都市で、面積も愛知県では6番目とかで、まさに三河の代表的な町の一つ。本来は1日じっくりと歩いて、その風情を味わうべきだが、抹茶一杯飲まずに横切らざるを得なかったのが残念。

 

 

 

 

 

地域文化や伝統が、香り立つ”半田市”を見習いたいもの!!

●愛知県半田市ってご存じか?

 

愛知県の知多半島の付け根に位置する半田市、現在の人口約12万人の産業と交易の盛んな歴史に彩られた市。東海地区でも名だたる町あるが、我々香川の人には馴染みは薄いか?と。私が”町づくり、振興関係”で参考にしたらと思う町の一つであるが、地元で話をしても関心が深まった様子にはない。百聞は一見に如かずなのだが・・・。そういうことで以下、さらりとお知らせする次第。

 

 

●童話作家「新美南吉」と”ごんぎつねの物語”にちなんで。

新美南吉は郷土出身の童話作家。幼少期より童話に親しみ東京外国語大学卒業であるが、卒業後は童話作家に。惜しまれながら結核により29歳の若さで夭折した。作品「ごん狐」が有名であるが、記念館もそれが主体で構成されている。

 

01:記念館のデザインがユニーク。

童話の森として整備された公園内に、地中を擬した記念館となっている。新美南吉の生涯は無論、挿絵画家の紹介や、カルチャー教室など多様な施設となっている。

02:挿絵は、鈴木靖将画伯が記念事業として手掛ける。

童話のストーリーもさることながら、それを子供たちにより浸透させるには挿絵がの魅力も不可欠。記念館で物語の情景が浮かぶジオラマとともに、日本画家:鈴木画伯の手による挿絵が展示されている。

 

 

03:記念館すぐの矢勝川岸の曼殊沙華が咲きほこる美しさ。

”ごん狐”にちなんで、記念館横手の矢勝川沿いの岸辺には、曼殊沙華のじゅうたんのような景観が広がる。「ゴンの秋祭り」と銘打って300万本の曼殊沙華が咲きほこるのである。

私は30年前から、地域観光には小細工などせずに市内を流れる3本の川=財田川〜一の谷川〜柞田川の河川敷に、季節を分けて花を植えるだけで十分な観光資源になりことは伝えてきた。半田市:矢勝川の曼殊沙華はその成功例の1つ。今回は1週間早かったか?全面的ではなかったが、人・人・人の散策である。

 

 

●祭り山車は最高潮。東海地区を代表する保有数を誇っているようだ。

あと1週間遅ければ5年に一度の市内全域からの総そろい踏み=31輌の山車が集結する、荘厳で迫力のある祭りに出会えたのだが。

来場者は年々増えて、前回は53万人だったとか。

愚息の就職関係で犬山市に在留していたときに体感したが、春祭りのからくり人形を最上に備えた山車が、13輌でも50万人の動員というすさまじい祭りの中を歩いた経験がある。添付画像を見ていただければ、そのスケールに驚きかと。

 

 

01:五穀豊穣の神事だけではない、現代ならではの視点で。

半田市は湊が充実し、様々な物資や生産品の積み出し受け〜中継拠点として、中世〜近世に最盛を誇っていた。我々の郷里の太鼓台祭りは、農村が占める町ゆえ、五穀豊穣の秋祭り中心で伝統が引き継がれてきた。しかし昨今は地域の産業構造も変化し、また市民のライフサイクルも激変で、秋祭り=太鼓台文化の継承と繁栄が杓子定規のままでは存続すら危惧されてきた。

 

02:東海地区は柔軟性を感じる。

祭り屋台としては京都以東から東海地区までは、基本形は同形状に近い。ただ滋賀長浜のような子供歌舞伎の舞台(=相当手狭ながら)、犬山〜飛騨高山〜半田はから繰り人形舞台と特色が際立つ。少なからず観光目的を意識している点であろうか?

私たちの郷土「太鼓台(ちょうさ)文化は、五穀豊穣のまま、ほんの一部の春開催を除いて、95%の太鼓台は10月中で完了となる。集合の多い神社が日程で被ると、どちらかが観れないことに。当然、蠣手である若い衆は、他の町どころではないのである。

 

03:保有台数:約130台の秋祭りに人を呼び込むことは、地方にとって正か否か?

若手が毎年流出し人力に頼る太鼓台の運行や祭りそのものの開催が危惧される。1台:約7000万〜1億円以上もかかる造作の大変さ。またそれを運行するに100名を必要とすること。次世代へバトンタッチするには観光面でのしたたかな戦略が必要ではないだろうか?市内最多数の集合地区=豊浜で24台。歴史が古い観音寺で9台なのである。あまりに市内に点在してインパクトに欠ける。市制50周年記念で、市民に参加を募ったものの130数台の内50台程度となんともいわんや?!との声も・・・。

 

04:観覧に見合う文化かどうか?

東海地区の山車の多くは絡繰り人形が組み込まれた舞台をしつらえていて、多くの観衆はその演目の動きに魅了されている。無論、木彫の見事さや山車そのものの雰囲気も伝統が醸し出され素晴らしいのだが。当然、しずしずとした運行は、乱れることもなく暴れ出すこともなく、観衆は安心してその優美さに酔いしれる。

我々の太鼓台文化はどうか?造形物としての装飾美もまといながら、100名に及ぶ搔き手の暴発で喧嘩沙汰や死亡事故すら呼び込む荒々しさが、どこか自慢げでもある。また伝統と言いながら、太鼓打ちのリズムや運行〜掻き揚げの所作もどことなくあいまいで、100数十年の伝統も訝しい。

絡繰り人形は子供たちが、保存や修理を担うことで、モノづくりの基礎につながるという。さすがに我々の太鼓台も地区住民の手で補修はされるのは救いであるが。

 

 

●まだまだ類似点があるのだ・・・。

太鼓台文化を支える観音寺市&三豊市は、もともと同じ生活圏で合計12万数千人。太鼓台数でいえば150台を超す。また産業は多彩で、過去には上場企業も存在しながら、故有り今は中堅企業群となっているが、冷凍食品の国内最大の生産地。また同じ太鼓台文化を担う四国中央市(=愛媛県)は、衛生材〜製紙メーカーの世界最大の拠点。半田市は醸造関係の多い東海地区では酢で有名なミツカンさんの企業城下町である。

また新美南吉氏ではないが、美術においても「門脇俊一画伯、田中たかし画伯」を生んだ郷土でもある。・・・よくよく見ると類似性がありながら、なぜか半田市のような集客はない。産業基盤の規模や隣接する市町村の人口規模が東海地区とは比較にはならないが・・・言い訳や目移りしてばかりでは、地方振興のキーポイントを見逃してしまうのでは???

 

いつもそう思う半田市での半日だった。

 

今更ながらですが、さすが!!の阿波踊り、本場ならでは・・・脱帽です。

●やはり「阿波踊り」は尋常ではない、まさに本家本元!!

 

今更ブログにするまでもないと言えばない!また今更に失礼かとも思う。ただただ数十年前に通り過ぎただけで、全く真正面から臨めていなかった徳島市の「阿波踊り」。散々テレビで、写真で、ネットで知っていたふりをしていただけというのが正直なところ。

しかしやはり”百聞は一見にあらず”・・・この歳まで知らぬほうかむり。本年お盆で初めて4日間の初日に観覧したが、まさに徳島県人、徳島市民には失礼極まりないことと大反省。

 

いざ市内に入ると各演舞場の1部と2部の入れ替えまでは、駐車場探しの悪戦苦闘。まずよほどスマホの上達者でないと簡単には見つからない=それだけの人出と賑わいという事。かなり離れた駐車場から、目的の演舞場へ。長く歩いた分だけ、他の演舞場の熱気、また出場チームの華やかさや、人出の多さに面くらい圧倒された次第。有料の演舞場以外の各所で、どんどんチームが踊り太鼓や鉦、笛も鳴り響いている。とにかく踊り一色に染まり、延べ130万人が楽しむという・・・ただただ凄い!!

 

 

 

●5つの演舞場が人の流れを生み出し、合間の通りが集合地点の賑わいを演出!!

 

折れ曲がる道が当たり前の県庁所在地城下町ながら、意外と5か所の演舞場や商店街や交差点が人の流れがうまく連動させている。きちんと満喫〜堪能したい方=数日かけて・・・には観覧のために配慮されているなぁと感じた。地元では高知以外での四国内:初めて「ヨサコイ」を導入した経緯から、ヨサコイに目が行きがちだった。しかし伝統に深く根差している「阿波踊り」の新しい息吹と、完璧を目指す正調:阿波踊りの細かな技能には、ただただ驚くばかり。

女踊りの艶やかさ(=伊達に両手が上にあるのでもなく、つま先を交差させながらの運歩とか)、男踊りの激しいアドリブと基本のこなしはじっくり見ると、さすがに素晴らしい。意外だったのは、男踊りに女性が相当数参加していたこと。女性の演じる男踊りも見事だった。

 

縦10段で50メートル近く伸びた両桟敷の間を、次々と踊り連が入場〜退場していくが、退場口に位置していると入場連の数のパワーと彩りにぐいグイ引き付けられる。次はどんな連だろうという期待と、退場口で最後の鉦と太鼓の打ち納の余韻やお辞儀に何とも伝統の重みが伝わる。また各連は自社PRを歌に盛り込んでいるのが笑え得る。どんどんアピールして結構ですよ!という心境だ。

四国の各県や都市は、10数年後は消滅都市ともいわれる。中央圏に住む人には伝わりにくいが、それでもどっこい!!徳島=阿波踊り、高知=ヨサコイがある。永遠不滅であってほしいと、熱気にあおられ、心弾まさされた。合掌

 

 

●踊る阿呆に、見る阿呆。同じ阿呆なら踊らにゃ、損損・・・けだし名言!!

 

言うは易し、踊るにゃ難し・・・ではある。いろいろ大きな踊り&祭りはあるが阿波踊りの良さは、それぞれに関わり方があり、老若男女に関わらず、参加できる点が素晴らしい。男踊りは女性でも可だし、年齢は子供から高齢者まで、踊るもよし、笛、鉦、太鼓(=大小色々)と一人一芸のように、より多くの人が1つの連を盛り上げるための役割がある点だ。激しいだけでは年配になると踊れない。いくら元気な現代女性でも、艶やかに日本舞踊的に踊りたい人もいるだろうし。年配になっても楽曲で参加することで長く楽しめる。無論、子供は自在に対応しているし、あんな小さな時から踊っていれば立派な伝統の後継ができている。

 

人による人のための有形文化、そして総合力が発揮される。この点で、阿波踊りは最たるものだと、思い新たである。とにかくそばで見ることだ!一見おとなしそうな連の踊りがリズムを変えて、男踊りと女踊りが交錯したり、反転したり。まぁ私が説明するまでもなく、YouTubeでさんざん紹介されているので、是非是非、ご覧になり来年のお盆は徳島へ。合掌

 

アウトドアのベース基地「森と湖の楽園」へお邪魔した!!

●アウトドアの達人として名を馳せた「清水国明氏の”森と湖の楽園”」へお邪魔した。

 

現在60歳前後の人には、大変懐かしいコミカルバンド「あのねのね」のお一人、清水国明氏。引退後はアウトドアのプロとして名を馳せきたが、彼の本拠地の一つとして、河口湖町内の森にこの施設はある。

管理用のセンターハウスを軸に、パステルカラーの外壁とペンション風のトレーラーハウスと、ドーム型のテントタイプの宿泊施設が点在する。あえて写真がないのは、この日も中国系の子供たちがたくさん宿泊研修に来ていたから、肖像権のこともあり割愛させていただいた。・・・林立する針葉樹の森に忽然と切り開かれた感がある素敵なキャンプ場である。

 

可愛いペンション風トレーラーハウスが10基ほど点在し、大変メルヘンチック。また宿泊セミナーでしんみりと心が癒されるバーベキューハウスも好評だとか。我々も運営会社のキャッチ様(=代理店&運営企画会社)と、今後の展開の夢を語った次第。皆々、おっさんばかりやのにねぇ。

 

 

●目的はこの7月から新規導入された「トレーラーハウス:バイオトイレ組み込み型」の体験宿泊。

 

北海道で開発された木製40フィートサイズのトレーラーハウスの視察が今回の目的。写真でわかりいただけるかどうか?まだ4基程度だが、その存在感は圧倒的な感がある。付帯設備でウッドデッキをつけた分、アプローチがよりセンスアップしている。

またこのトレーラーハウスは、木製ながら気密性に富み空調設備の負担が低く、香りの豊かな雰囲気である。

まだ届いたばかりで木の香りが強いが、就寝するときはむしろ穏やかな香りにすら感じる。

 

清水国明氏もバイオトイレ組込型(=Mファイン技術サービス様)というコンセプトが、気に入られたとか。運営の主体であるキャッチ様(=上野社長様の志が熱い)にはいろいろ展開の夢や現実的な問題など教えていただいた。大手企業の安定を捨てて、本件にこだわりを持つ、まさにロマンチストだった。

 

 

●神河町様への導入を検討する。サイズを変えたいくつかのパターンを構想。

 

現地では40フィートの大きさも、なんとなく2DKのアパートと似た感じながら、おシャレ感は全然違い、また宿泊時点での心地よさもかなりの優れもの。一人5000円の素泊まりはリーズナブルかと。1トレーラー:最低4名は楽勝で現状の基本構成のままだが、内部の部屋割りは自由度がある。外部のオープンデッキは別予算だが、本体は販売だけではなく10年リースも可能。

 

40フィートコンテナを1モジュールにしつつ、いく棟かをする連結する仕方しだいで、多用途に応じた活用方法が選択できる魅力は従来のモデル以上に充実している。

棟内の自由度は高いが、あくまで基本は震災や天災にそなえる価値観も、ちょっと地元では見れない小洒落た入居物件かと。

 

今、適正な住居の空き部屋が完全待ち状況で、早急な仮設住宅の建設が迫る。ゆえに仮設でも20年は十分持ち、様々な使用方法で展開できる点が大いに気に入った次第。皆さんに疑似体験として知っていただければ、うれしいかと。合掌

「ペッパー君」の興味津々、やはりヒューマノイド型は強いなぁ!

●神戸から、エッサホイサ!と「ペッパー君」を搬送!!

 

地方振興のキーワード=AI教育やプログラム学習に必要なツールとして、現状最も多様性があるのが「ペッパー君」だろう。

地元の放課後学習支援NPO法人さんの打診に、気軽に答えたものの案外と大変。社用車にぎりぎり乗るサイズでエッサホイサと神戸から三豊まで。指導のスタッフの方にも手伝っていただき準備完了・・・すでにこのNPO法人さんは放課後学習〜夏休み学習支援で、ペッパー君の導入も検討したという目利きの良さ。プレゼンテーションはスムースに。

 

 

●操作環境もあり、また旧型で思う通りには行かなかったが。

 

放課後、いつもの半数と言われたが15名ほどの小学生が、教室に集合。元気さは並みではなく、予告していたため期待感も大きく、教室は賑やかなこと。しかし理事長のしつけの良さが素晴らしく、今懸念されるようなきちんと座れない、挨拶できない子供とは無縁の心地よい子供たちばかりでした。愛情いっぱい・・・感受性が豊かで素直さが際立ちました。

 

●プログラム学習は初歩的なことで。でも多機能なペッパー君で楽しんでもらえたか?!

約1時間半があっという間で、我々は元気を吸い取られる観であった。操作環境の課題もありプログラムは限定的な=小学2〜3年生中心で・・・だったが、自分でキーワードを、背景の写真や音楽なども入力した結果で、ペッパー君の反応が見れたシステムは興味を持って体験してくれたようだ。

 

特にじゃんけんゲームは採点結果にたいして、意地になってどんどん回数を重ねるのが子供らしい!限られた時間だったがロボット=ヒューマノイド型が親近感として好ましいし、身長が小学生レベルというのも心憎い感じ。やはり人工的で冷たい圧迫感の印象などはNGであろう。

 

 

 

●気宇壮大・・・ここから一気に駆け上がりたいが???

 

小さな体験からロボットタウン構想にまで繋げていけるのか???各地で展開する我々のチームも、願いは点ではなく線や面である。こればかりは未確定だが、三豊市や観音寺市が全国から着目される取り組みとして、ロボットタウンになれたらなぁと。企画意図は渡してある、関心が強まればと願うばかり。合掌

アメリカ海兵隊岩国基地、絶句のスケールと人出の航空祭!!

●5月5日、思い立ったが吉日ならぬ、凶日か?!

 

前日の呉軍港⇒吉田郡山城⇒岩国市街へ。ネットで調べても遠方での宿泊は朝のバス乗り込みが無理。これは想定外で駅近くの駐車場で車中泊を決めたものの、その駐車場がいくら回っても空きがない。ようやく発見、運よくコンビニも近い。このパーキング不足はすべて明日の航空祭の参加者の多さに起因。いざとなると車中泊は体にきつい。94歳の父の体調が心配だった。さらに徹夜状態で並ぶコンビニトイレにも驚き。店員さんは慣れっこのようで一大風物詩かな???

 

 

●朝早く、帰りも遅くなる、膨大な参加人数に!!

 

半端な睡眠で起きて朝一、岩国駅前のバス乗り場へ。7時スタートのルートバスを待つ何�にも及ぶ列に驚く。市内からかき集めた大型バスが次々に来て、乗客を拾うので意外と早く順番が。駅から基地までは約15分程度。歩きの人も長蛇をなして基地へ向かっている。開門は午前7時から、開演は10時からなのに、すでに4時間前から物事は動く。また基地に入ると貸切大型バスが各地から、約50台は到着していた。この日の来場者は20万人以上とか。絶句の人出・・・比較しようがないくらいの航空祭である。

 

 

●展示機種は、ここでしか見れない軍用機がいろいろ!

 

伊達に苦労してここへは来ない・・・厳しい入場チェックもありながら、基地内には海兵隊兵士ならではのウェルカムな雰囲気。各軍用機の展示の傍ではカメラ撮影で、にこやかに応対するサービス精神が。祭事タイトルは「日米フレンドシップデー」なのである。広大すぎる基地内には雑誌やニュースで見る各種の軍用機に、航空自衛隊の基地祭展示とは違うミリタリーマニア垂涎である。

★国内初で実戦配備されたステルス戦闘機:F35や、話題の垂直離着陸輸送機:オスプレイなど、圧倒されるアメリカの軍事大国ぶり・・・航空機エンジニアの息子は2000カット以上をカメラに収めていた。

 

 

●飛行展示は、F18、F35、オスプレイ、ハリアー、哨戒機、輸送機などなど。最後のトリは”ブルーインパルス”!!

 

アメリカ海兵隊所属パイロットによる飛行展示。20数万人をくぎ付けにできるパワー&スピード。カメラの望遠レンズが上空を狙って雨後のタケノコのように乱立、まさに壮観の一言。お見せできないのが残念なくらいの数、数、数・・・。

最後のトリは航空自衛隊が誇る”ブルーインパルス”の編隊飛行。これまでの航空祭で見れなかった技や、臨場感=埋め立てた海辺の基地だから思いっきり演技できるし、地平低くの飛行も。騒音や安全性は十分担保されているからだろう。

 

またセスナ型の曲技飛行機も、幕間にいろいろ演技飛行してくれ、飽きさせない、面白い、とメニューは盛りだくさん。まさに堪能の1日である。やはり20数万人の期待は外さないなぁと。

 

航空祭自体の話よりも前段が長くて恐縮。航空祭はユーチューブでさんざんアップされているので。

もし来年こそ行こうと思ったら、今回の前段状況は役に立ちますよ。

★追記・・・帰りは国道も高速も完全渋滞。遠回りしたら3時間の距離が、なんと8時間かかり帰宅は深夜2時過ぎというおまけ付き。さらに2日後には真っ黒に日焼けした顔の皮膚が割れ始めて、人前に出れないほど。参りました!!

 

 

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